第5話冒険者ギルドお悩み相談室
「アッハハハ、しっかし坊主。王子様ともあろう人が冒険者と喧嘩なんかするかね。」
冒険者ギルドのバーでジョンが大笑いしながらアルベールに言う。
笑っているのはジョンだけではない。バーにいる皆が笑っている。
「そうは言うがジョン殿、私にだって引きたくない時はある。」
この冒険者ギルドでの一時はまさに青天の霹靂だった。こんなにも楽しい時間が過ごせるとはアルベールは思ってもみなかったのだ。
「しかし小僧、お前の動きは見事なものだった。お前に稽古をつけたのは誰なんだ?」
ヴォルフガングが問う。酒をかなりあけているはずだが酔った素振りはない。相当に強いらしかった。
「近衛隊長のチャンドス殿だ、10になる前から稽古をつけて貰っている。王族たるもの強くあらねばならんと父上に言われて。」
「そうだったか、成程道理でな。」
得心がいったとばかりにヴォルフガングが頷く。近衛隊長のチャンドスと言えば、その強さは王国内に轟いている。とは言え彼ももう50過ぎ、今の彼の強さはアルベールのみぞ知ると言った所か。
「ところで、ベルナール殿はどうして私の事を?」
アルベールは向き直るとベルナールに問うた。ベルナールは椅子を持ってきてアルベールの隣に座って盃をあけている。
「私はギルドマスターですので、王国主催の催事等にも呼ばれるのですよ。それに私はチャンドス殿とは旧来の友ですので、アルベール様の事も良く聞いておりました。」
そうだったのかとアルベールは納得する。自分の事を何と言っていたのか気になる所ではあるが、聞いてみるのも少し怖いような気がした。
「ところでさぁ王子様、気になったんだけど、なんでそもそもこんな所まできたのさ?服も、多分着替えてるよね?それに王子様だっていうのにお付きの人もいないし。」
ふと横合いから話を振られる。振り返ってみると女性が盃を片手に立っていた。
「あたいはミリアム。皆話題に出さないけど、結構気になる所だと思うんだよね。あっ、話したくないんなら別にいいんだけどさ。」
年の頃は自分と同じ位かと、アルベールは思った。背丈は150を少し上回るくらいの小柄な女性で、赤い髪のショートカットが特徴的だった。
このミリアムという女性はどうもあけすけに話をする性格の様だった。空気が読めないと言う訳ではないのだろうが、好奇心の方が勝ったようだ。
実は皆それについては何時話題を出そうか思案していたようで、ミリアムが我慢できずに先鋒を務めたといった所だった。
「まぁ、別に話したくない話題と言う訳でも無いのだが。」
そう言ってアルベールは話し始めた。王宮の稽古や習い事はともかく生活面では堅苦しく息が詰まる様な思いをしていたという事。自分の将来の事、そして思い悩んだ時にはこうして着替えて王宮を抜け出していたことなどを。
「成程なぁ。」
「王子さまっていっても色々大変なんだねぇ、私もっとお気楽に人生楽しんでるのかと思っちゃった。」
「第三王子ともなれば、家督とはあまり縁もなさそうだもんな。まぁ分かんねぇけどさ。でも息が詰まるっていうのは確かにいただけねぇよな。」
「王宮はとても静かでしょうしなぁ、街の賑やかさを知れば、抜け出したくもなるというもの。」
皆思い思いに感想を述べる。不思議と否定的なものは無かった。アルベールに気を遣ってというのも勿論あるのだろうが、それ以上に皆それなりにアルベールの心情を汲んでくれているのだ。
「いっその事、冒険者にでもなっちまえればいいんだろうけどなぁ。」
暫くの会話の後にふと、ジョンがこぼす。
「いやぁ、王子様が冒険者はまずいんじゃないの?ヴォルフに勝つ位だから見込みは確かに充分だろうけどさぁ。」
ミリアムがたしなめるように言う。王族の者が冒険者など、おとぎ話の様に現実感が無い。
「私の立場としてはあまり突っ込んだことは言えませんが、面白そうなのは確かですなぁ。王子は確か16歳。冒険者を志す若者は、この年の頃に大体冒険者ギルドに入りますしねぇ。」
ベルナールはどちらかと言えば乗り気な発言をする。少し濁すのは友人であるチャンドスの手前と言った所だ。
「強さについては申し分ない。なろうと思えば今すぐなっても問題ないだろうな。」
ヴォルフガングは実直な感想を言う。どうするかは小僧次第だと言わんばかりに。
「冒険者か、面白そうだ。だが、私は・・・」
思案するアルベール。しかしその時キィ、と冒険者ギルドの扉が開いた。そして一人の男が中に入って来る。男は周囲を一瞥すると、真っ直ぐにアルベールの元へと歩いていく。
「探しましたぞ、アルベール様。」
男の名はチャンドス。ジャン・クロード・チャンドス。アルベールの剣術指南役で王宮近衛隊の隊長だ。
そしてチャンドスが来たという事は、この楽しい時間ももう終わりだという事を意味していた。
「あぁ、探させてしまってすまないな、チャンドス。」
一瞬、アルベールは振り返るのを躊躇した。彼は黙って王宮を抜け出したのだから。当然近衛のチャンドスとしては憤懣やるかたない、とはいかずともそれなりに怒ってはいるだろうと想像できるからだ。
周囲の声のトーンは落ちている。だがそれも当然だ。稽古の時のチャンドスは厳しいものだ、それが怒っているとなると。アルベールは妙な緊張を覚えた。
「フフ、まぁ時間も時間です。今日の所はお帰り下さい。」
窓を見やると、既に夜の帳がおりている様だった。そんなに時間が経っていれば、自分がいないのがばれるのも必然であった。そしてそれは、この時間が如何に楽しいかを如実に物語っていたのだ。
しかし今日の所はとは異な事を言うものだとアルベールは思った。方便かもしれないが、いや、チャンドスが方便など使うだろうかと。大勢の人たちの手前?いやそれにしても。
振り返ってみたチャンドスの顔は、少し笑っていた。
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