条理卿会

しかしやはり、彼が応答する気配はない。


それもそのはず、なぜならギルは戦闘真っ只中で、アリナからの着信など全く耳に入っていなかった。


「はぁっ!」


恩恵スキルによって高められた腕力から繰り出される一撃は、いくら拾い物のボロ剣だろうと関係ない。


斬撃というより打撃に近い形ではあるが、ギルはひたすら目的地まで走り続ける。


彼の眼前には無数の化物ファクターたちが涎を垂らし、その場で食い殺さんと待ち構えていた。


「はぁ、はぁ…日中より数が多いな」


1体倒せば3体現れる。


そのくらいのペースで増え続けている気がした。


時間もないし…少し無理してみるか。


「モード、80%」


恩恵の出力を上げ、筋繊維がさっきよりも軋んでいるのが分かる。


しかし耐えられないほどではない。


「こっからは同時に3体だ!」


ハイエナに似た化物に対し、ギルは更にスピードを上げる。


最初こそ倒した数を土産話にでもしようと考えていたが、そのあまりの数に途中で数えるのを止めた。


「うぅおおおっ!」


群れのボスのような1体を倒し、ギルは手に持った剣を地面に突き刺した。


ようやく息を整えると、なるべく余計な音を立てないように先へ進む。


目的地である第1階層中腹は、もう間もなくだ。


腕輪をいじり、バイタルメーターをチェックする。思いの外疲れが蓄積してしまっているようで、バイタル安定剤を空間手配した。


空間手配とはダンジョン内でのみ使える科学技術で、攻略の際に必要なものを、仮想世界から取り寄せられるのだ。


「ん…?」


少し先に人の気配がある。


ギルは隠れられそうな場所に目処を付けてから、もう少し近づくことにした。


「おい、まだ終わらないのか」


全員で5人の男だ。


そのなかでリーダー格と思われる1人が、他の男たちに指示を出している。


奇妙な祭壇や、魔方陣のようなものまで確認できる。


何度も通ったはずの場所ではあるが、こんなものは初めて見た。


「それより良いんですか?オレたちだけで勝手に初めちゃって」


「あぁ、構わん。司祭様も言っていたが、儀式は繰り返すことができる。先にオレたちがやろうが、要は死なせなきゃ良いんだよ」


まだ少し距離があるからか、話の内容を上手く聞き取れない。


ただ物騒な会話をしていそうなことは、端々のワードから読み取れる。


「準備できました」


「よし、小娘を出せ」


その指示を受け、1人がやたら大きな荷物を乱雑に地面へと置く。


そして袋を破り、中身を文字通り引っ張り出した。


っ!!!!!!


髪を掴まれ引き出されたのはボロボロのリラだった。


意識を失っているようで、口元の血が痛々しくある。


「それにしてもよぉ、コイツが守護神なのが勿体ねぇよなぁ。普通の人間なら、なかなか良い女だぜ」


荒い息を吐く男は、舐め回すようにリラを眺める。


「変な気を起こすなよ。オレたち『条理卿会』の目的は、を得ることだ。この女に万が一があってみろ。なにもかもパーだろうが」


「そ、そりゃあそーですけど…ひひひ、それじゃあ服脱がすくらいだったら構わないですよねぇ?」


「……勝手にしろ」


リーダー格の男が呆れ顔でいるなか、他の4人は化物ファクターよりも醜い表情でリラの服に手をかけた。


「それじゃあーー」


それは一瞬の出来事だった。


地面を抉って岩陰から飛び出したギルは、剣も抜かずに素手で4人の男を蹴散らした。


化物を倒していた時とは格段にスピードもパワーも桁違いであり、その雰囲気さえも何かが違っていた。


リラを抱き抱え、ギルは後ろで腹部や頭部を抑える男はたちを一瞥する。


「ほう…強いな」


1人傍観していたリーダー格の男は仲間に目もくれず、突然現れた少年に興味を示した。


「………」


「おいおいシカトか? これだから恩恵贔屓の冒険者様は嫌だねぇ。どーせその力だって、その女から偶然貰ったもんだろ」


ギルは男に返答することはなく、目の前のリラに視線を移した。


一体いつ、どこでこんな酷いことに…。


彼女を抱く腕に力が入った。


「無視してんじゃねぇぞ」


吠える男に仕方なく顔を向けたギルは、自分の大切な人を攫った集団を確認する。


の目的はなんだ」


「あ? こっちの質問には答えねぇで、そっちから質問かよ…。偉そうにしやがって、その見下した目つきが気に食わねぇんだよ!」


男はその場で構えたかと思うと、突如手元で鋭利な刃物が出現し、放ってきた。


ギルは動揺するどころか避ける素振りも見せず、ただの足蹴りで蹴落とした。


「…は?」


男は呆然とし、震え、恐怖と憤怒の入り混じった感情で唇を噛む。


「クソがっ!!」


「それは貴様らだろうが。…良いかゴミども、喜べ。今日は、てめぇらが人を捨てる記念すべき日だ。もう人間としての動きが出来ねぇようにしてやるからな!」

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