刺青の男たち

「いやでも、だいぶ怪しいですよ。もうしかしたら誤送信かもしれないですし…」


本当は誤送信など起こったことはないのだが、アリナはギルを説得しようと嘘の可能性を示した。


なんだか嫌な予感がする。


これまでも実態の不明な統括本部に対し不信感を募らせていた彼女には、そんな直感が芽生えていた。


「確かに都合が良すぎるとは思います。でも他の冒険者より弱い僕には、またとないチャンスだとも思うんです。リラ様を楽させるためにも、どうか承認許可を……」


目の前で身体を90度に折り曲げるギルに対し、アリナは溜め息をつく。


背中に背負っている拾い物のボロ小剣、身に纏う防御量ゼロの装備品、そしてから完全に色の抜け切ってしまった髪。


そんな様相でありながら自らの守護神に尽くそうとするのは、それだけの恩を彼が感じているからだろう。


「どうしてもですか?」


「はい、どうしてもです」


「せっかく私が引き止めてるんですよ?」


「ありがたいと思ってます。でも行きます」


「………はぁ…。私に、やっぱり行かせなければ良かったなんて、後悔させないでくださいね」


アリナは鉱物収集クエストのキャンセル手続きをし、緊急クエストの参加者名にギルの名前を打ち込んだ。


「ありがとうございます!」


「もう良いですよ。それより今のうちに道具を揃えてきてはいかがですか?このクエストに記載されている集会ですが、どうやら日暮れに行われるようですから」


「はい、それではまた後ほど」


その場を後にしたギルは高まる気持ちを抑えきれず走り出していた。


ようやくこれで、に助けて貰ってから初めての恩返しができるかもしれない。


ギルは嬉しそうに微笑むリラをイメージし、思わず彼自身もニヤけてしまいそうだった。


丁度その頃リラはというと、ランチピークを乗り切って休憩に入っていた。


彼女に至ってはいつも通りのことなのだが、

リラは休憩中終始ギルのことを考えていた。


「ふ、ふふふふ…」


「なんだいリラ、女の子がそんな不気味な笑い方して…。またあの少年かい?」


「はいー。もう…カッコよすぎて…」


仕事中と同じ人物とは思えないふにゃけた表情で、幸せそうにリラは語る。


「1人で路頭に迷ってた彼を助けたんだってね。ルナンやターニャが話してたよ」


「うーんまぁ、結論としてはそうなんですけど…」


話の途中ではあったが、来店を告げるチャイムが鳴ったためにバーバラはキッチンへと戻った。


そこで再び妄想にふけろうとするリラであったが、なんだか売り場が騒がしい。


「なんなんですか、あなたたち。何も食べないなら帰って頂けませんか?」


心配になり少し覗いてみると、ルナンが強めの語気で誰かを諭しているように見受けられる。


「そー固いこと言うなよお姉さん。オレたちゃあ、冒険者だぜ?に恵まれなかった店員ごときがデカい面すんなよ」


相手は全部で5人の屈強な男たちだ。


ここら辺では見たこともない刺青を肩や腕に入れており、不気味な雰囲気を漂わせている。


しかしルナンは全く怯むことはなく、むしろ前より更に睨む目つきが強くなっていた。


このレオリアではたまに、こうやって自信過剰な『冒険者至上主義』を掲げる輩が嫌がらせをしてくることがあるのだ。


「私からしたら、たかが冒険者ごときが何を言ってるんだって感じですけど」


「んだと、このアマッ……」


男たちの1人がルナンに殴りかかろうとするのを、彼らの中のリーダー格と思われる人物が制止した。


「すまんね、こいつら腕は立つんだが頭が少し弱いんだよ。オレたちは別に店を荒らしに来たわけじゃない。ある人物…いや、守護神様を探していてね」


「あ、そ。なら尚更さっさと出て行って貰おうか。うちにいるのは全員、アンタらの大嫌いなさ」


ルナンがリラを庇っているのは明らかだった。


実はリラ、このバーバラ亭では守護神であることを隠して働いている。


元々守護神としての知名度も低い彼女ではあるが、やはり守護神がアルバイトをしているとなると周りは好奇の目を向けてくることがある。


それに未だ未知の存在である守護神は何かと危険にも晒されやすい。


そのため自分を守るほどの力がない守護神は、リラのように身の上を隠すことがある。


つまり、バーバラ亭はリラの事情を知りながら働かせてくれる数少ない場所なのだ。


「それなら知っていれば情報だけでも教えてくれないか?オレたちが知っているのは、ながーい黒髪に、顔は童顔。そんで乳がデカいってことくらいなんだよ」


舌を出して下品に笑う男たちにリラは鳥肌が立った。


「しつこいな。知らないって言ってるだろ!」


バンッとルナンがテーブルを叩く音でリラも少し驚いてしまい、覗いていた場所で少し音を出してしまった。


一瞬リーダー格の男と目が合った気がしたが、「そーですか…それは残念」と言って立ち上がるのを見て、リラはホッと胸を撫で下ろす。


「それじゃあお暇しましょう。お騒がせしました」


「二度とくるな!」


男たちが確実に帰ったのを確認してから、リラはルナンの元へと向かった。


「あら、リラ。うるさかった?」


「いえ、そんなことは。それより庇ってくださってありがとうございます。大丈夫でしたか?」


「なーに、いつも来る嫌がらせ客と大して変わんないわよ。でも1つ気になるのは、アンタと思われる守護神を探してたってところね。大好きな騎士ナイト様にでも迎えに来てもらえば?」


「うーん、そうしたいのは山々なんですが、こんなことで彼に迷惑かけたくないですし…」


「それなら今日は暗くなる前に早く帰りなさい。店長には私から言っておくから」


2人がそんな会話をしている、その直ぐ近くのテーブル裏では、誰も気付かないようなサイズの『何か』が赤く点滅していた。


「やっぱり、あそこで間違いなかったみたいだな……。おい、に連絡しろ。『無垢の守護神』を今日の集会に連れて行くとな」


肩に刺青を入れたリーダー格の男は耳につけた盗聴器に手を当て、他の男たちに指示を出した。


人間の腕と脚を捻り組み合わせて十字架を表現し、その真ん中に絶望した顔を置いた柄。


それはまるで、人を人と思わないような印象を与えていた。

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