緊急クエスト

ダンジョンの出現に伴い、現実世界には多くの変化があった。


特に重要になってくる事が、そのなかで3つある。


まず1つ目は、『冒険者』という職業が誕生したことだ。


もちろん職業である以上、仕事に応じた報酬は支給される。


姿形のない「創設者」と名乗る人物から突如世界中に発信されたメッセージ。


それは「ダンジョンを攻略した者には、どんな願いでも叶える力を与える」というものだった。


時代は大迷宮時代に突入し、ダンジョン攻略を夢見る冒険者たちは次々と未知の迷宮へと挑んでいった。


しかし、なにせ前例のない出来事のため、ダンジョンに行ったきり戻って来ないという事例が数多く発生してしまった。


この事態を憂いた各国は、恩恵スキルのない冒険者たちにダンジョン探索を禁じ、そして安全体制を整えるため、ダンジョン近くに新興都市を設け、管轄することにした。


ギルやリラが生活するのはそれらのうちの1つで、かつて東京という地名が与えられていた場所に位置する、今はレオリアと呼ばれる近代的な都市である。


数千人の冒険者や都市運営関係者がここで生活をし、仕事仲介所ギルドを通してダンジョン解明に向けたクエストを受ける仕組みになっている。


つまり全世界的共通事項として、私欲のために独断でのダンジョン攻略は禁止されているのだ。


そして2つ目の変化は、精霊や使い魔、守護神など、これまで現実世界にはない存在の出現だ。


なかでも守護神は冒険者たちに恩恵スキルを与える存在であり、「神」というくらいなので、冒険者たちは一定の敬意を払っている。


未だ解明できていない事が多いが、守護神たち曰く、ダンジョンは彼ら彼女らにとって目障りなものらしく、しかも直接手を下せないらしい。


そこで守護神から恩恵スキルを受けた冒険者たちが代わりにダンジョン攻略を目指すのだ。


そして最後の3つ目だが、冒険者たちには本来の名前とは別に、冒険者専用の名前が認められている。


これはダンジョンが出現したばかりの頃の名残で、本来の名前をダンジョンに巣食う怪物ファクターに覚えられてしまうと、その者も怪物になってしまうもいう噂があったからだった。


「おーいリラーっ、すまんがキッチン手伝ってくれ」


体格の良いコック姿の1人の女性が、厨房から顔を出して黒髪ロングの美少女を呼んでいる。


ランチ時で忙しく、騒がしい時間帯ではあるのだが、そのコックの声はよく通るしっかりとしたものだ。


「はーい」


ウエイトレス姿のリラはテーブルを拭きながら返事をし、戻りながら3件のオーダーを取り、2組を空席に案内し、ついでに食事の済んだ食器を両手一杯に持ち帰ってきた。


レオリア中心区の、とある飲食店「バーバラ亭」。守護神であるリラはギルがダンジョンで仕事をしている間、ここでアルバイトをして収入を得ていた。


「悪いなーリラ。お前がいてくれて本当に助かるよ」


「いえいえ、こちらこそ雇って頂いた恩がありますので」


制服の上から前掛けだけを付け、髪を結んでコック帽を被りながらリラは愛想よく答えた。


「バーバラ店長、リラちゃーん、オーダー入りますっ。バーグ2、Aコン3で、BコンとCコンと日替わりがオールワン。セッサラ4で、アフターありますっ」


「はーい、ルナンさん、セッサラ4出まーす」


「え、もう…?」


セットのサラダ---略してセッサラ。


4つ同時に作り上げたリラがそれらに掛けた調理時間は10秒。スピードもさることながら、完成度も申し分ない。


まさに神の領域だった。


「なんでそんなに早いのよ…」


「ルナンさんがオーダー取ってるとき、近くの席だったから声が聞こえてたんです。だから先に作ってました」


「いやいや、それにしても早すぎよ」


「ルナン、喋ってる暇あったら足動かしな!リラ、Aコンビの和風ハンバーグ3つそろそろ上がるよっ」


「はい、フライあと30秒で出ます。ターニャちゃん、鉄板とライス皿なくなりそうだよー」


「うー、リラちゃん鬼だよぉ」


リラと同い年くらいのショートボブの少女が、弱気な声を出しながらも洗い終わった食器を補充する。


「さーて、それじゃあもう一踏ん張りしよーか!」


そんな嵐のような時間をリラが過ごしているなか、ギルは昨日の反省を踏まえ、第1階層で受けられる安心安全な仕事を探していた。


「ギルさん、まだ決まらないですか?」


仕事仲介所ギルドで受付嬢をしているアリナは、呆れた様子でギルを眺めていた。


「すみません…今2つまで絞ったので」


「まだここから選ぶんですか?もうかれこれ、1時間経ってますよ」


ギルの目の前には、クエストの詳細が書かれた立体映像が映し出されている。


一方は第1階層で採取できる鉱物収集クエストだ。安全という面ではこれ以上にない選択肢ではあるが、なにせ報酬が少ない。


そしてもう一方は第1階層の最深部にのみ生息する化物ファクター魔猫ケイシーの確保クエストだ。ダンジョンにいる化物のなかでは1番大人しく、対応さえ間違えなければ襲われる心配もない小型生物だ。最近はペット代わりに飼う冒険者に需要があるとのことらしい。


後者の方が報酬は3倍弾むのだが、なにぶん第1階層の最深部ということは、場合によっては第2階層の化物ファクターも紛れ込んでいることがあるということなのだ。


「うーん…」


悩むギルの脳裏に昨晩リラから言われた一言が思い出された。


「アリナさん、こっちでお願いします」


彼が選択したのは鉱物収集クエストだった。


「守護神様から、釘でも刺されました?」


「えぇ、まぁ…あはは…」


クエスト承認手続きを待つ間、作業をするアテナの元に1通のメッセージが届いた。


「あら」


「どうかしたんですか?」


アリナは言うべきか否か少し悩み、ギルにだけ聞こえるように小声で話し始めた。


「今、レオリア統括本部から緊急クエストが発令されたんです」


緊急クエストとは、通常クエストとは違って文字通り緊急を要する内容である。


だが基本的には、ギルでは到底辿り着けそうもない100階層以上が対象となっており、その内容も一歩間違えれば死に直結するようなものばかりなのだ。


貰える報酬は、当然破格の数字である。


「ただ、今回の緊クエ、なんだか妙なんです。報酬は1000万R、数年は働かなくて済む金額です。それなのに内容が、第1階層で秘密裏に行われる集会の実態調査…。本部指定難易度も最低レベルです」


言い終えたあと、アリナはやはり言わない方が彼のためだったのではないかと後悔した。


「アリナさん、今からでもクエスト変更って間に合いますか!?」


破格の報酬に、第1階層だから安全だという条件も満たしている。


まさに今ギルが求めているなかで最良のクエストだった。

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