ダンジョン攻略なんて口で言うほど楽ではない

千崎鉄将

最弱の冒険者

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


ヤバイ、ヤバイッ、これは本当にヤバイ!!!


旧東京都に現れたダンジョン『永続回廊』。


その第3階層目を恐怖にまみれた形相で、1人の少年が今にも倒れそうに走っていた。


簡易的な防具に身を包んだ身体中は泥に汚れ、特徴的な白髪は額から流れる血を際立たせる。


走っても走っても出口が見えてこない。


これは仮に生きて帰ったとしても、だから無理をするなと言ったんだと、僕の帰りを待つ1人の少女に揶揄されそうだ。


「くそっ、道が二手に分かれてる…!」


少年は立ち止まり、右と左に何度も首を振る。


奥に繋がるのはどちらも同じ景色。


四方八方が土で覆われた長い長い洞窟だ。


「よし、よし…落ち着くんだ僕。こういうときこそ焦っちゃいけない」


口に出して言い聞かせるが、こうしている内にもは迫り来ているはずだ。


ヴゥゥウウアアア!!


「!! やっぱ無理!クールにはなれない!」


案の定今逃げ帰ってきた道の奥で、洞窟中に響き渡る怒りの咆哮が放たれていた。


白髪の少年はたまたま身体が少し右に向いていたことから、そのまま右に進んだ。


殺されるっ…!


何も考えずに、ただ無心に足を回転させる。


プライドなど捨て置け!


生きてナンボだろ!


少し先に、微かではあるが光が見えてきた。出口だ!


しかしそれと同時に、少年を追う得体の知れないは遂に彼の姿を捉えた。


怒りか歓喜か、再びそいつは狂い叫ぶ。


あと数百メートル!


少年が出口に近づくのに比例して、異形の怪物も徐々に距離を詰めてくる。


あと五十、四十……二十…五メートル!


そのとき少年は、目の前の出口を入り口として使用した数時間前のことを思い出していた。


本来であればダンジョンは、第1階層から第2階層、第3階層と進むために、ダンジョン内を通って上位階層に進んでいく。


しかし第1階層攻略すらままならない彼は、何を血迷ったのか、無理矢理外壁をよじ登って第3階層に突入したのだ。


つまりこの出口の先に待ち受けるのは、断崖絶壁である。


「そんなこと言ってる場合じゃなーーいっ!」


立ち止まる選択肢などない彼は全速力で走る勢いそのままに、出口を飛び出して宙を飛んだ。


後ろでは出口につっかえ、悔しがる化け物の鳴き声が聞こえていた。


「うっ、うおぉぉおおーー!

身体活性バースト』!」


地面に対して背中を向け、そう叫んだ少年はそのまま地上へと文字通り落下した。


激しい衝突音と砂埃を撒き散らしながら、彼の身体は地上に着いてからも滑り続け、そして落下地点から数百メートル先でようやく停止した。


「………ゲホッ、はぁっ、はぁっ、はぁ…」


良かった、生きてる…。


身体を駆け巡る疲れと痛みが生の実感を更に確かなものとする。


彼はゆっくりと呼吸を整え、フラつきながらも立ち上がった。


「弱いなぁ、僕…」


後ろを振り返り、自分が今さっきまでいたダンジョンの全貌を改めて確認する。


頂上が見えず、未だ誰も最上階まで辿り着いたことのないダンジョン。


そもそも終わりなどあるのかという意味合いを込めて、このダンジョンは『永続回廊』と名付けられていた。


「おーおー、また化物ファクターが喰われずに出てきたぞ」


帰路に着こうとする少年の周囲にいた他の冒険者たちが、彼を見るなり皮肉めいた罵声を浴びせ、そして嘲笑っていた。


というのは無力なのにダンジョンに挑むことから彼に付けられた仇名だった。


「はは…どーも」


もう慣れたものである。


「かっわいそーに。が無能だと、受けられる恩恵スキルも低レベルなんだもんなぁ」


1人の青年がわざと少年に肩を当てて横を通り過ぎる。それを見た別の少女は「おい、言い過ぎだ」と彼をたしなめた。


赤みがかった茶色い長髪が似合う、いかにも強そうな雰囲気を纏ったクールな美少女だった。


「………せよ」


「あん?」


白髪の少年は立ち止まり、今の青年に向けて呟いた。


「なんだぁ餌。なんか言ったか?」


「おい、ブレン。止めろと言ってるだろ」


少女が止めるのも聞かず、青年は威圧的な態度で彼の方へと戻ってきた。


「取り消せと言ったんだ。僕を貶すならまだしも、彼女まで悪く言うのは我慢ならない!」


剣を抜き、白髪の少年は青年に斬りかかる。


思いの外手際の良かったそれに青年は反応できず、代わりに横にいた赤茶髪の少女がそれを受け止めた。


「邪魔をするな!」


「止めろ、君がこんな奴のために手を汚す必要はない。彼には私から注意しておく。今日のところは、これに免じて許してくれ」


少女は手甲を外し右手をあらわにした。


そこに刻まれているのは、赤い五本線で描かれた抽象的なマークだった。


冒険者のなかでも最上位の力をもつ者を示す証…。


「なぜ止めたセリカ。これじゃあまるでオレがコイツの攻撃に反応できなかったみたいじゃーー」


「黙っていろ。実際お前は油断していた。そんなことでは、餌になるのは自分だぞ」


青年は両者を一瞥して舌打ちをすると、1人先へと向かっていった。


白髪の少年は自らの右手を見るが、そこに記されているのは黒い一本線だ。


「庇ってくれてありがとう。それじゃあ」


それだけ言い残し、彼は近代的なビル群が立ち並ぶ新興都市へと歩みを進めた。


今この世界は、ダンジョン攻略を目指す冒険者か、それ以外かで大きく分けられている。


そして冒険者たちも、その強さによって5階級制度が取られている。


恩恵スキルと呼ばれ、冒険者たちのダンジョン攻略を手助けする特殊能力。その強さ、希少さが大事なのはもちろんのこと、それをダンジョンで使いこなせるかどうかの実用性も階級に影響する。


階級は分かりやすく五色で識別され、さらに手の甲に階級色と階級に応じた本数の線を組み合わせて紋章を入れる。


表し方としては、上から「五本紅」、「四本蒼」、「三本翠」、「二本黄」、そして「一本黒」。呼び方はまちまちで、本数で呼ぶ者もいれば、色で呼ぶ者もいる。


白髪の少年、ギルは、冒険者のなかで唯一の最低ランクである一本黒だった。


相変わらず不釣り合いな、近未来的ビル群の街並みと、その奥に見える城のようなダンジョン。


そのどちらからも離れた都市外れに、ギルの住処はあった。


「ただいま帰りましたー」


扉を開けてしまい、ギルはやってしまったと身体に力を入れた。


「おーーーーっかえりーー!」


案の定、家の奥から物凄い勢いで、1人の少女が突進さながらに抱きついてきた。


「あ、あの…ゲホッ…もう少し穏やかなお迎えはないんでしょうか…守護神様」


背中から地面に倒れ込み、むせながらギルは目の前の少女に話しかける。


「んーー、それは無理な注文というものだねギル君。君がダンジョンから帰ってくるまで、私の心労と寂しさは天井知らずなんだ。こんなでもしないと、やってられないよ」


倒れ込んだまま、その少女はまるで猫のようにギルの身体へ顔を擦り付けている。


「あの、守護神様…」


「ギル君、私のことはリラちゃん。もしくはリラリラって呼んでくれって頼んだじゃないか」


「いやでも、さすがに神様を、ちゃん付けというのは…」


「えーー…じゃあ、リラリラで良いよ」


「すみません、それも厳しいです…」


リラと名乗る少女は不満さを一切隠さず頬を膨らませる。


そんななかギルはというと、少女の身体で発達している一部分…いや、二部分が自らに接触していることに、そろそろ耐えられなくなっている頃だった。


「顔が赤いけど大丈夫かい?……ん?というか君、よく見たら血だらけじゃないか!」


リラは勢いよく立ち上がり、急いで救急箱を持ってくる。慣れない手つきで取り出した包帯を、これでもかとギルの頭に巻きつけていった。


「ギル君」


「は、はい」


「君、今日は第1階層で簡単な採集クエストをやるって話だったよね?」


ギクッとギルの身体は少し強張る。


「そーーー…でしたっけ?」


「ギル君」


「は、はい…」


「まさかとは思うけど、また変なチャレンジ精神を芽生えさせたりしてないだろうね?」


嘘が下手なギルの顔は明らかに引きつっていた。


「いや、してないですよ…。その、高いところにある薬草を取ろうとしたら足が滑ってしまって…」


「ギル君!」


「は、はひ!」


「あのね、君が私達の生活を考えたくれているのは分かっているんだ。でもね、私は生活が充実することより、こうやって君と話を出来ることが何より幸せなんだ」


真っ直ぐとギルの瞳を見つめながらリラは続ける。


「本当はみたいに、直ぐに傷を癒せればって思うし、誰よりも強くなりたい君に、もっと凄い恩恵スキルを与えられればとも思うよ。……でも力のない私にはそれが出来ない、君の帰りを待つしか出来ないんだ」


「リラ様…」


「取り敢えず今日は大目に見るけど、今後は無理のないように。良いね?」


「はい」


「よし、素直でよろしい。さっ、それじゃあ夕食にしよう!今日はバイト先で廃棄直前の食料たくさん貰ってきたから、いつもより豪勢だよ」


狭いテーブルにこれでもかと並べられた、選り取り見取りの料理。


2人は並んで座り手を合わせ、無言で無心にそれらを胃袋にかきこんだ。


ダンジョン攻略なんて口で言うほど楽ではない。


食事をしながらも、ギルはそんなことを考えていた。

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