最終話 自分達のペースで―高嶺さんside―

(『お、思井くん! 明日、い、一緒に映画を観に行きませんか!?』

 そうやって私は昨日、思井くんを映画に誘った。観る映画は今人気がある恋愛映画。選んだ理由は――思井くんと良い雰囲気になりたかったから……というのもあるけど、本当の理由は彼女というものが分からなくなっていたから。

 思井くんから初めて告白されて付き合った時、私は嬉しさのあまり何をすれば彼女なのか分かっていなかった。思いつくまま、私がこうしたいと思ったことを実行していた。

 だから、改めて思井くんの彼女になった今、彼女ということを考えると何をすれば彼女なのかが分からなかった。


 学校でも……妙に恥ずかしくて――あと、誰にも知られたくなくて……もう邪魔されたくないから恋人だということをまた隠してくださいとお願いした。その結果、今まで思井くんとどう接していたか分からなくなってしまった。

 思井くんも彼氏になる前とは違ってギクシャクしています……。

 私はそんな関係をどうにかしたくて恋愛映画を参考にして、良い恋人同士になろうと考えたのだ。


 映画の内容はとても良かった。主人公とヒロインはお互いを本当に愛していて……私と思井くんだって負けていませんけどね!

 ……でも、参考にはあまりならなかった。少々、過激な描写が多かったのだ。勿論、指定はないから健全。指定されていたら変な気分になっていたでしょうし……。

 健全だけど今の私達にはまだ早いと感じた。

 も、勿論、思井くんとそーいうことをしたくないわけではありません……。で、でも、私からせがむと思井くんにひかれるかもしれません……。それは、嫌ですから!



 映画を観終わって公園のベンチに二人で座りながら私はポツリと漏らした。ちゃんと彼女を出来ているのかと……。

 私の問いかけに戸惑う思井くんに私は映画に誘った理由を伝えた。変に意識しないで彼女をするにはどうすればいいのかを知りたくて映画に誘ったのだと。

 謝る私に対して思井くんは言ってくれた。僕も変に意識してギクシャクしていたと。

 やっぱり、思井くんも一緒だったんですね!

 私はそれが嬉しかった。思井くんと同じ様に悩んでいれたのだから。

 しかし、私と思井くんは映画はあまり参考にならなかったと言い合った。


 世の中の恋人さん達はいったいどうやっているのでしょう?

 私は今までに誰かと付き合うという経験がなかった。つまり、思井くんが初めて付き合う相手で初めての彼氏なのだ。だからこそ、ちゃんとしたい。ちゃんと……好きな相手の彼女をまっとうしたい。

 だけど、どうすればいいのか分からない。嬉しいだけでは何も解決しないと思い知った。


 恋人というのは本当に難しいです……!

 恋人という定義の良い答えが見つからなかった。でも、思井くんはそれでいいと言ってくれた。

 他の恋人さん達は恋人さん達のペースで……私達は私達のペースで恋人らしくなっていけばいいと。誰かの真似なんかしなくていい……自分達のままで良いんだと。


 そして、思井くんはベンチから立ち上がると私に向かって手を差し出してくれた。これからも、私のままで彼女でいてくださいと言ってくれながら。

 私はその言葉を聞いて胸がキュット締めつけられた。


 それに、思井くんはこうも言ってくれた――今はこれくらいしか出来ないけど……僕も僕のペースで恋人らしくなれるように頑張るから、と。

 それを聞いて、私はようやく理解した。彼女という定義に答えなんか必要ないのだと。私のままで思井くんの側にいればいいのだと。


 私は何を焦っていたんでしょう……?

 急いで彼女らしくしないといけない必要なんてない。思井くんの言う通り、変わる必要もない。……いえ、いつかは、この関係よりもさらによくなった関係になれるように変わりたい。だけど、それは今すぐにじゃない。

 私は私のペースで成長しよう……!


 私は思井くんの手を掴んだ。

 そして、きっちりと繋いだ。思井くんの体温が伝わってくる。緊張しているのか少し熱い。だけど、それが私にとってはとても居心地の良いものだと感じた。


 これからどうしようかと訊いてくれた思井くんに私は答えた。もう少し一緒にいたいですと。

 ……本当はこのままずっと一緒にいたいんですけど……それは、まだ色々と無理な話ですからね……仕方ありません。


 でも、私はこれから先も思井くんとずっと一緒にいたいです。今も私はとても幸せです。けど、未来はもっと幸せなはずですから。だから、私は何があってもこの手を離さないようにします。だから、思井くんも――)


「……私を離さないようにしてくださいね」


「高嶺さん……何か言った? 周りの音がうるさくて……」


「い、いいえ、何も言ってませんよ」


「そ、そう? あ、僕ちょっと喉が渇いたんだけど……」


「では、あそこのカフェに入りましょうか。ちょうど、私も何か飲みたいと思っていたので。カフェなら牛乳も置いているかもしれないですし」


「そ、そうだね……っ!?」


「どうかしましたか、思井くん?」


「いや、その……高嶺さんぎゅって力を込めてきたから……」


「もっと、ちゃんと繋ぎ合っていたいなと思ったんですけど……だ、ダメでした?」


「う、ううん。全然ダメじゃないよ」


「そうですか? なら、良かったです。さ、行きましょう」


(こうやって、私は思井くんの手を離さないように何度でもしっかりと掴みます。だから、思井くんも――その度に私を離さないようにしっかりと掴んでくださいね。今のように……。

 そうやって、少しずつ幸せを重ねて……これからも、沢山幸せになりましょうね。ずっとずっと好きです。思井くん――!)

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