第139話 はぐれないように―高嶺さんside―

(移動が始まると一斉に動き出した人達。人の波が次から次へと襲ってくる。私が苦しくならないように前を歩いてくれている思井くん。時より大丈夫かを振り返って聞いてくれる。思井くんの男らしさにドキドキしながら、ちょうど大丈夫と答えようとした時――私は人の波に溺れた。

 思井くんの姿が一瞬で見えなくなり、距離が出来た。


 思井くん……!

 私は思井くんを呼んでみたが沢山の話し声に消されてしまった。


 ど、どうしましょう……!

 所詮は町内のイベント。場所や広さは知れている。だから、いつかは会える。

 でも、花火を二人で見ることは出来ない……。

 私は不安になった。このまま、はぐれたままで終わるの? ううん、そんなのは嫌!


 私は前に向かって手を差し伸ばした。

 この先にもし思井くんがいてくれて、私の手だと気づいてくれたら……。他の人に握られたらどうしようという怖さはある。でも、思井くんと花火を見るために……!


 すると、誰かに腕を力強く引っ張られた。私は人の波を抜けながら前へと進むことが出来た。

 だけど、力が強くてそのまま倒れそうになった私は目を瞑った。そして、誰かに優しく受け止められた。


 ……っ!

 目を開けた私は一瞬にして頬が赤くなっていくのが分かった。それは、安心したのもあった……けど、何より、あれほど思っていた思井くんに抱きつけていたからだった。

 一瞬何も考えられなくなった。

 けど、すぐに気づいた。ここには、沢山の人がいて見られていると……!

 自意識過剰かもしれないけど恥ずかしくなった私は名残惜しかったけど、思井くんに離してもらった。

 本当はもっとこうしていたかった……。

 ふてくされた私は俯いた。


 ……は! お礼を言わないと!

 私は慌てて思井くんにお礼を言い、先に進もうと歩き出した。そして、その瞬間に思井くんに手を繋がれた。

 突然のことにドキッとしながらどうしたのかを訊くと、思井くんは少し恥ずかしそうにしながら言ってきた。さっきの勝負のご褒美ははぐれないためにもこのまま手を繋ぎたい……と。


 手を繋げることは嬉しいことですよ?

 でも、本当にそんなことに使ってしまっていいんですか?

 思井くんに確認するとうんと返ってきた。

 私はそのまま思井くんと手を繋ぐことにした。だけど、本当は少し残念だった。手を繋ぐくらい思井くんが望んでくれればいつでもするのに……。

 私の中にはもっと、違うことを望んで欲しいと思う自分と手を繋げて喜んでいる自分がいた)

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