第125話 浮き方を教え

(温水プールは二人きりで……とは、いかなかった。けど、おじいさんやおばあさんがチラホラといるだけで、気分的には世界には私と思井くんしかいない気がした。

 と、そんなことを考えながら私は思井くんに手を差し出した。すると、思井くんは困惑したように固まった。そして、私の手を疑心暗鬼で見ていた。どうやら、思井くんは私の手を握らせてもらうことがいけないように感じているようだった。

 そんなこと全然ありません。思井くんを溺れさせたくないし……何より、私が思井くんと手を繋ぎたいのだから当然のことです。それに、手を繋ぐくらいなら罰は当たりませんよね?

 おずおずと私の手を掴む思井くん。手と手が握りあって私はドキドキした。思井くんもドキドキしてくれているのかな? そうだといいな。


 私はドキドキを出来る限り消して思井くんに浮き方を伝えた。水の中でふざけるのはダメなこと。命を失う危険があるのだから……この時は集中していた。

 思井くんは私が思うより随分とのみ込みが早く、すぐに浮くことが出来た。無事に浮かぶことが出来て喜ぶ思井くんを愛らしく感じながらこのまま手を話すのが嫌で泳げるかどうかを訊ねた。自分のことをよく分からない様子の思井くんに私は一歩踏み出し泳ぎも教えると言った。すると、思井くんも案外すぐに承諾してくれてもう少し手を繋いでいれることが可能になった。


 私は嬉々として思井くんに泳ぎ方を教えようとした。だけど、思井くんはずっと目を閉じたままでひたすらに足を動かしているだけだった。不思議だったけど、思井くんのばた足は格段に上手くなり勢いが強くなっていき――私は足を滑らせて水の中に沈んでしまった。そして、目を開けて心臓が止まりそうになった。

 唇が……思井くんの唇がぁぁぁ――!

 思井くんの唇が私の唇と触れそうなほど近くにあったのだ。流石にこれは予測していなかった。だけど、私はこのまましてもいいと思った。しかし、目を開けた思井くんと視線があってしまい、急いで顔を水の中から出した。

 思井くんは急いで謝ってきてくれた。

 だけど、私はドキドキし過ぎでこのまま水の中にいれば自分で何をし出すか分からなくてプールから一旦出ようと口にした。

 先に出る思井くんの背中を見ながら私は唇にそっと指を触れた。ドキドキはいつまで経っても収まってくれなかった)

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