第89話 練習開始~浮くため~

「まず、身体の力を抜いてください」


(こ、こうかな……)


「そしたら、あとは浮いている自分を想像すればいいだけです!」


(……うん? え、それだけ? 教えてくれるのってそれだけですか、高嶺さん!?)


「た、高嶺さん流石にそれだけだと……」


「安心してください。思井くんは絶対に溺れさせません!」


(う~ん、か、カッコいいんだけど……そうじゃないんですよ……。もっと、こう、なんかないのかな? 浮きやすくなるような的確なアドバイスみたいなもの。

 でも、せっかく高嶺さんが教えてくれたんだし言われたように――身体の力を抜いて、浮いてる自分を想像して――)


「あ、う、浮けた……浮けたよ、高嶺さん!」


「おめでとうございます、思井くん!」


(いや、高嶺さんって天才なの!? 昔はどれだけ先生から高嶺さんと同じように言われてやってみても出来なかったのに……今はすぐに出来たよ!

 ……って、よく考えたら昔は脂肪が重すぎたってことも理由に入ってるよね……絶対……。だって、僕が水の中で浮けなくなったのってデブってからだし……)


「あ、あの、思井くん。思井くんは泳ぐことは出来ますか……?」


「う~ん、どうなんだろう?」


「よ、良かったらなんですけど……こ、このまま、泳ぎの練習もしていきませんか?」


(高嶺さん……そんなにも僕のために……! 高嶺さんの優しさに泣きそうだよ!)


「う、うん。じゃあ、お願いしようかな」


「はい、お願いされました!」


(高嶺さん、教えるのが好きなのかな? めっちゃ、嬉しそうにしてるけど……。

 ま、まぁ、僕だって嬉しいと思ってるけど。だって、浮くのは意外と早く出来たから、これでもう高嶺さんの手の感触は終わりか……って、ちょっとガッカリしてたしね。

 でも、泳ぎを教えてもらうことで、もう少し高嶺さんと手を繋いでいられる。最高だよ――!



 ……って、考えてた愚かな自分を殴りたいぃぃぃ!)


「思井くん、目を開けてください。目を開けて練習しないと一人の時に前に進めなくなりますよ」


(……って、高嶺さんは言うけど無理だよぉぉぉ――!

 だって、目を開けると――高嶺さんの真っ白なお腹が飛び込んできて……それに、視線をちょっと上げると高嶺さんのお胸がぁぁぁ――!

 やっぱり、閉じてないとダメだ!)


「思井くん怖いのは分かります。でも、開けないと……あれ、ばた足がとても上手になってる……?」


(このどうしようもない気持ちを全部足に。足に送って、動かして――)


「お、思井くん……ちょ、ちょっと、待っ――ゆ、ゆっくりしてください。じゃないと……キャァァァ――」


(ぶふぅ……きゅ、急に沈んで……っ!? た、高嶺さんが目の前に……!? もう少し、近づけば唇が触れてしまいそうな距離で……――)


「ぷはぁっ……ハァハァ……ゲホゲホ」


「は、ハァハァ……~~~っ、お、思井くん……」


「ご、ゴメン! 僕、足を動かすのに夢中で気づかなくて……」


「い、いえ……」


(怒ってる……? 怒ってるよね、絶対!

 クソッ! 高嶺さんともう少し手を繋いでいたい欲に従ったせいで……こんな……)


「お、思井くん……少し疲れたので休憩しましょうか……?」


「……うん、そうだね……」


(ウワァァァァ――! 僕はなんてバカなんだ! ゴメン……ゴメンね、高嶺さん!)

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