第1部 8話
「とりあえず、どうしようか。アイツは逃げちゃったし、私の敵感知スキルで他の冬牛夏草を探してみる?」
漸く色々なショックから立ち直った私は皆に提案してみる。本音を言うと、もう半分ぐらい帰りたい気持ちだが。
すると、アクシズが分かりやすく顔をしかめた。
「ええー……自分で持ってきたクエストで何だけど、あの怖いのをもう一度相手するのか?っていうか、あんな凶暴で凶悪な姿形してるだなんて聞いてないぞ。
マトモな攻撃手段がカズナだけってのも問題だよな。めぐるんの魔法は一発こっきりだし、ダクネスは極端に命中率が悪いんだろ?
俺、近接格闘スキル持ってるけどあんなグロいの殴るのは嫌だぞ?何か弱点とかないのか?寄生体から切り離す以外で」
それにめぐるんが答えてくれる。
「ありますよ、弱点。寄生系のモンスターは水を嫌うと聞いています。キラーマンティスのお腹に寄生する、なんとか言う寄生モンスターも、キラーマンティスを水に付けると宿主のキラーマンティスから脱出するとか。
でも、街の近くの牧場での討伐って事で、僕水なんてあまり持って来ませんでした。皆さんは?」
カマキリに寄生するハリガネムシみたいだな。
いや、ハリガネムシはカマキリを水に付けると卵を産む為に出て来るんだったっけ?
しかし、水を嫌うなら私に手がある。
「ねぇ、水なら私に任せて。実はキャベツ狩りで仲良くなった他パーティの人に初級属性魔法を教えて貰ったんだよ。今の私はこんな事が出来る!『クリエイト・ウォーター』!」
右手を前に突き出して叫ぶと、何も無い空中に大量の水が現れた。ちょっとテンション上がって魔力を多めに込め過ぎたらしい。
スキル毎に最低必要魔力が決まっているが、魔力を多く消費すると、魔法やスキルの効果を高める事が出来る。
魔力を多く込めるのは簡単だ。
気合を込めて、普段より大声で叫べば良い。
うん、中二病歴の長い私にとっては大声で技名を叫ぶなど造作も無い事だ。
水を召還した私がちょっと得意になっていると……
「おいクソヒッキー、俺に何か言う事があるんじゃないか?」
少なくない殺意が込もったアクシズの声に振り返ると、そこにはクリエイトウォーターでずぶ濡れになったアクシズの姿。
「……み、水も滴るアクシズさん、今日はとびきり良い男ですね」
「ううっ……普段の俺への扱いの酷さの所為で、そんなあからさまな懐柔のお世辞でもちょっと嬉しい自分が悔しいッ!!」
半泣きで羽衣を絞るアクシズに、流石に私も、ごめんなさいとぺこぺこ謝り、この状況で使えそうな初級魔法があったのを思い出す。
「アクシズ、私がその服乾かしてあげる。いくよ、『ウインドブレスト』ッ!!」
私の声で巻き起こる突風が、濡れそぼったアクシズを直撃し、羽衣がアクシズに思い切り絡まり首を絞める羽目になった。
「……必殺のゴッドブローを食らわせてやるから、お前ちょっとそこになおれ」
「ごめんッ!!悪気は無かったんだよホントにッ!!いやマジで悪かったッ!!……って、あれちょっと待って。ねぇ、近くに敵がいるよ」
私の敵感知スキルに反応があった。
目の前のアクシズからもビリビリと強い敵意を感じているがソッチではない。
「えっ…ちょ、ちょっと、またあのキモいやつかッ!?ちょっと、何処だよッ!?」
私達がいるこの牧場は、そこかしこに木も生えている、どちらかと言うとかなり自然に近い感じの牧場だ。
故に、家畜が隠れられる茂みもそこかしこにある。その茂みの一部が、ガサガサと動きを見せた。
「あそこに居る!家畜じゃない、間違いなく寄生済みの冬牛夏草だッ!!めぐるんとアクシズは後ろに下がって。
ダクネス、今度は血迷わないでねッ!!あそこに居るのはあんたのご主人様じゃなくてモンスターだからねッ!!」
「私はモンスターをご主人様と呼んだりはしない、大丈夫だ」
「あんたさっきモンスターをジェスター様とか呼んでたでしょ」
「……言ってない」
「言ったでしょ」
「………言ってない。……ん、来るぞ!」
めぐるんとアクシズが慌ててダクネスと私の後ろに下がる中、茂みが大きく動いた。
敵感知で相手がモンスターだと分かっている以上、姿を見せるまでモタモタと待っているつもりもない!
「先手必勝『クリエイト・ウォーター』ッ!!」
気合をたっぷりと込めて、私は大声でスキルを叫んだ!
「ヒギィイイイイイイイイイイイッ!!ギィイイイイイッ!!」
茂みに大量の水が降りかかると、茂みから、冬牛夏草のあの気持ちの悪い甲高い声が聞こえてきた。
どうやら大当たりだったらしい。
そして、水を浴びて悲鳴を上げている事から、弱点が水である事も間違いない様だ。
「おお、最弱クラスのクセに生意気だ!カズナが意外な活躍を見せているッ!!」
「うっさいッ!!あんたこそ優秀なアークプリースト様なら、支援魔法とかの一つでも……ッ!!ん?めぐるん、プルプル震えてどうしたの?」
舐めた事言ってくるアクシズに怒鳴り返しながら、私はめぐるんの様子が可笑しい事に気がついた。
拳を握り、涙目で肩を震わせ私を上目遣いで睨みつけている。
「べ、別にカズナが初級属性魔法使える様になって、僕の魔法使いの存在意義が一段と薄れたとか全然思ってないですから?僕…我が爆裂魔法は最強ですから……ッ!?」
震え声で涙目で言ってくるめぐるんに、なら次のレベルアップでスキルポイント得たら、爆裂魔法関係以外のスキルを取れと言ってやりたい。
手の掛かるめんどくさい仲間は置いといて目の前に注意を払うと、
それが、此方を睨みつける様にジッと見つめると、突如大声で泣き叫んだ。
「キィイイイイイイイイイイイイイッ!!キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
攻撃してくるでもなく叫ぶだけの冬牛夏草。
だが、何か嫌な予感がする。
「……ん、チャンスだ。何故襲って来ないのかは知らないが、身動き一つしない冬牛夏草なら流石の私でも当てられる。カズナ、水を浴びて弱っているウチに袋叩きにしてしまおう」
ダクネスの勝ち誇った様なその言葉に、私は益々嫌な予感を膨らませた。
「いや待って、こういった簡単に事が運びそうな時ってのは、必ず何かあるもんで………ねぇ、何か聞こえない?」
目の前では、尚も叫び続ける冬牛夏草。
その叫びに混じり、遠くから似たような叫び声が……。
「「「キィイイイイイイイ……、キィイイイイイイイイ…………、キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」」」
それは、此方に向かってくる大量の家畜の群れだった。勿論、頭に冬牛夏草を乗せたヤツらだ。
「「いっぱい来たああああッ!!」」
それらは間違いなく私達を標的にしているのが分かる。これはアカン、あの牛や馬の大群に突っ込まれたら多分死ねる。
めぐるんとアクシズが背後で悲鳴を重ねる中、未だに仲間を呼び続ける水を浴びた冬牛夏草から視線を外し、ダクネスがゆらりと家畜の大群の進行方向に立つ。
ダクネスは大剣を地面にザクリと突き立てて、まるで杖にでも寄りかかる様に剣の柄の上に両手を置くと、仁王立ちのまま声の限りに叫びを上げた。
「かかってこおおおおおいッ!!『デコイ』ッッッッ!!」
それは、敵の注目を自分に集める囮となるクルセイダースキル。
敵感知スキルで感じていた自分への敵意が減り、家畜の大群の注意が、明らかにダクネス一人に向けられたのが分かる。
剣を杖代わりにしてその場から微動だに一つしないダクネスは、たなびく金色の髪とその美しい横顔が相まって、まるで大軍をたった一人で迎え撃つ騎士を思わせた。
私がダクネスの中身を知らずにいたら、この行動とその姿を見てすっかり惚れてしまっていただろう。
あの青年の頭の中身はそんなカッコいい物ではなく、自分の欲望のままに立ち塞がっている事を、凄く残念な事に私はもう知っている。
家畜の群れを前に一歩も引く気を見せないダクネスに、私は覚悟を決めた。
「めぐるん!めぐるーん!とうとうあんたの出番が来たッ!!爆裂魔法の用意ッ!!アクシズ、ダクネスに何か支援魔法とか掛けてやってくれないッ!?防御が上がる系とか、魔法防御が上がる系とかッ!!」
私の後ろでバタバタと慌てふためいていた二人が、その言葉に少しだけ冷静になる。
「わわ、分かりました!どうしよう、こんな非常事態ですがこんな風にアークウィザードとして頼りにされるのは生まれて初めてで、凄い嬉しいですどうしようッ!!
………ふふふ、群れるしか能の無い家畜共よ!我が絶大なる破壊の力ッ!!その目に焼き付けるがいいッ!!」
口上いらんからとっとと唱えろッ!!
「支援魔法だな、了解ッ!!防御と魔法防御か…ッ!!……なぁカズナ、他にも一時的に芸達者になる支援魔法とかもあるけど、それは…」
「んなもん良いから早くしろやぁあッ!!」
慌てて魔法の準備を始める二人。
初級魔法ぐらいなら魔法名を叫ぶだけで問題ないが、中級、上級と上がっていくにつれて魔法は使用するまでに時間が掛かる。
二人が魔法を使う準備を整えている中、さて私は何をするべきか。ダクネスの隣で壁なんかしても、私の防御じゃ牛に跳ねられてヘタすれば即死だろう。
何をするか。
何が出来るか。
いや、初期クラスの私にこんな時に戦力として求められても……。
そうだ、未だに仲間を呼び続けている冬牛夏草を仕留めに行くかな?
……と、そんな私の頭に一つ閃いた物があった。上手くいく保障はないが、せめてものダクネスの援護にはなるかも知れない。
「ダクネス!ちょっと我慢してねッ!!『クリエイト・ウォーター』ァアアアッ!!」
全力でスキルを叫び、大量の魔力を使って、ダクネスの頭上を中心に大量の水をぶちまけた。
ダクネスを真ん中にして、半径十メートル近くにも渡って大量の水が地面に滴る。
「……不意打ちで、いきなりこんな仕打ちとは…ああッ!!カ、カズナ、この火照った体をどうしてくれるッ!!」
「お前はちょっと黙ってろ、台無しだよこのオタンチンッ!!いいダクネス、その場から動かないでねッ!!『フリーズ』ッッッ!!」
初級属性魔法スキルを教えてくれた人は言っていた。所詮初級だから、殺傷能力は期待できないと。
この魔法は夏場暑い時に自分に掛けたり、飲み物を軽く凍らせる時とかに便利だよ、と。
ヤケクソ気味に叫んだ私の残りの全魔力を込めた魔法が、ダクネスの周囲の水を凍らせた。
それと同時にダクネスの体が淡く光る。
アクシズの支援魔法を受けたのだろう。
それとほぼ同時に、ダクネスに向かって家畜の群れが突っ込んだ。
だが地を踏みしめて力強く駆けていた家畜達は、水の上に張った氷に蹄をとられ、転びこそはしないもののその勢いを大きく弱める。
次々とダクネスに家畜が突っ込んで来るものの、ダクネスは地に刺したままの剣を掴んで一歩も引かない。
めぐるんが叫んだ。
「爆裂魔法完成しましたッ!!いけますッ!!でも、ダクネスが効果範囲に入ってますが……」
その声に、ダクネスが前を向いたまま、此方に視線を向けずに堂々と言い放った。
「高レベルの魔法耐性スキルを取ってあるッ!!支援魔法も受けたッ!!構わん、ドンと来いッ!!」
ちくしょう、あの変態野郎がちょっとカッコいいッ!!
「ダクネス、気合を入れて魔力を活性化させろッ!!万が一には、体さえ残ってれば俺が蘇生させてやるッ!!」
アクシズが凄い事を叫んでいる。
自己犠牲なんかやめろと、止めないのか神的に。
ならここは、めぐるんの意思で魔法を撃たせるのではなく、私が言ってやるべきだろう。
「めぐるん、やれ!」
「わ、わ、分かりましたッ!!『エクスプロージョン』ッッ!!」
To be continued…
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