おきつね監禁短編集
RONME
キタキツネ:この箱の中に無いものは
ふわふわのお布団の中で、ボクは目を覚ました。
なにか、怖い気持ちと一緒に。
「ん、んぅ…?」
”あ、起きた?”
”おはよう、キタキツネ!”
「え…ここは…?」
”ああ…それなんだけど、今は忘れて?”
”それよりお腹空いたよね、今食べるもの持ってくるから”
まくし立てるように彼は続け、部屋を後にしようと立ち上がる。
「ま、待ってよ…?」
バタン。
悲しい音が扉を閉じた。
ボクは彼を追いかけられずに、お部屋の中を見回した。
「どこ、ここ…?」
明るいお部屋、だけどなんだか息苦しい。
そうだ、このお部屋には窓がない。
外が見えないから、なんだか狭く感じる。
「ギンギツネは、どうしたのかな…」
多分、この近くにはいない。
ここは、ボクたちが暮らしてた家とは全然違う。
どうしよう…なんだか怖い。
ガチャリ…
”お待たせ、寝起きならジャパリまんの方が食べやすいよね”
青いジャパリまんを渡された。
だけど、食べる気がしない。
”…あー、食欲ない?”
ポリポリと頬を掻く彼は、普段通りのようだった。
「ねぇ、ここはどこなの?」
”あはは、そんなのどうでもいいでしょ?”
”それより…食べないなら何しよっか”
「ボクは、外に出たいよ…」
そう呟いたら、彼の顔が険しくなった。
やめて、そんな悲しい顔をしないで?
”外はダメだ、危険がいっぱい。セルリアンもいるし、キタキツネがそんな場所に行かなくてもいいんだよ?”
「でも…」
”大丈夫、ここには何でもあるから”
”ここに無いのは、辛くて苦しい外の世界だけ”
”だから、安心して…ね?”
ボクが何かしゃべろうとすると、彼は遮るように話をする。
彼は、ボクの話を全く聞いてくれない。
…普段は、あんなに優しいのに。
しょうがないから、ボクが話を合わせることにした。
「…げぇむもある?」
”勿論、売られてるものなら何でもあるよ”
「じゃあ…これ」
選んだのはボクが一番好きな対戦げぇむ。
一番取りやすい所に置いてあった。
”分かった、頑張るよ”
それって、どういう意味なのかな…?
彼は元々、そんなにげぇむが上手じゃなかった。
だけどボクと遊ぶためだけに沢山練習してくれた。
だから、今ではとっても強い。
「あ、負けちゃった…」
”やったあ!”
彼は全然手加減もしないし、勝ったら思いっきり喜ぶ。
その方が、ボクが楽しむから。
でももし、ボクが『手加減されてでも勝ちたい』と思っていたら…
「…楽しかった」
”ふふ、よかった”
げぇむで遊べてよかった。
それは本心だけど、立ち込めたモヤモヤが晴れない。
「ねぇ、どうして―」
”そろそろ、本当にお腹空いたんじゃない?”
キュルルルル…
彼に言われると、本当にお腹が鳴ってしまった。
話は聞いてくれないけど、こういうところは鋭いんだね。
”そうだ、ご飯食べる? 炒め物も作るからさ”
「…うん、お願い」
しばらくして出てきたご飯は、本当においしそう。
毎日のように見た、綺麗な料理たち。
「…おいしい」
”本当? 嬉しいな”
こんなお部屋の中じゃなかったら、もっと楽しく食べられたのに。
”ねぇキタキツネ、次は何する?”
「…どうして、こんなことするの?」
やっと、やっと言えた。
”キタキツネが…好きだから、愛してるから”
…なんとなく、そんな気はしてた。
ずっと、ボクのために良くしてくれてたから。
だけど、あのままでも、ボクたちは幸せでいられたはずなのに…
”それに、ね?”
”これは、キタキツネのお願いなんだよ?”
「う、うそ…?」
ボクはこんなの、願ったことなんてない。
キミは、嘘をついてるよ。
”嘘じゃない、キタキツネが言ったんだよ?”
『何もしたくない、ずっと怠けて暮らしたいな』
”…ってさ”
「あ…ぁぁ…」
思い出した。
ギンギツネとケンカした後、泣きじゃくって彼にそんなことを言ったんだっけ。
でもそれはあの時のボクがどうかしてただけ。
もうギンギツネとも仲直りして、今はそんなこと思ってない。
「違うよ、ボクはもう…!」
”違う訳ない、アレがキタキツネの本心なんでしょ?”
にっこり、笑顔が怖い。
”だから、僕が用意したんだ”
何もせずに一生を過ごせる
どんな物でも揃えられる理想の
「……」
彼は、変わってしまったの?
”何でも手に入るよ、キタキツネの望むものなら何でも”
そうなんだ、そこにいるのはボクの知ってる彼じゃない。
ボクの好きだった彼じゃない。
彼は、絶対にこんなことしない。
「―キタキツネは、何が欲しい?」
ボクは、こんなお部屋から出たい…!
「―自由が、欲しいな」
カチカチと響く秒針の音。
お部屋の時間が止まって、彼の表情まで固まった。
そんな顔が一瞬緩んで、ボクの視界は暗くなる。
”…そっか。じゃあ、仕方ないね”
ジャラリと鎖が音を立て、ボクの両手を縛り付ける。
「…え?」
”ごめんね…でも、こうするしかないんだ”
足も縛られて、それでも優しく寝かしつけられて。
”キタキツネが、外に出たいって言うから”
「待って、――! ボクは…!」
――バタン。
さっきよりも大きくて、ずっと落ち込んだ悲しい音が、ボクを明るい闇に沈めていく。
…どうして、ちょっとでも期待しちゃったのかな?
彼が、この部屋で初めてボクに話しかけてくれたから?
ボクの言葉を、聴こうとしてくれたから…?
「でも、もう…」
全部手遅れになっちゃった。
彼はきっと、もう二度と話しかけてはくれない。
ボクは彼にとって、彼が一方的に喋りかけるためのぬいぐるみ。
ボクが必死に話す言葉は、狐が寂しく鳴いているだけ。
だったら、ボクだって…
「もう、お話してあげないもん」
零れた涙と一緒に、体から魂が抜けた気がした。
自分でもびっくりするくらい無力に寝転んで、もはや何も考えられない。
これでボクは、本物のぬいぐるみ――
―――――――――
…あれから、キタキツネは僕の声に応えてくれない。
ご飯だけは食べてくれるけど、他のことは何もしない。
死んでいるわけじゃないけど、決して生きているともいえない。
「でも、諦めるには早いよね…!」
キタキツネは、まだここにいる。
”…自由が、欲しいな”
このお部屋の中にだって自由はある。
必ずいつか、キタキツネも分かってくれるはず。
ずっと前から、キタキツネに一目惚れしたあの日から、準備をしてきたんだから。
「ひとまずは、この状況を作ってくれた博士に感謝だね」
そして、もっと頑張らないと。
この箱の中に無いものは、辛くて苦しい外の世界だけ。
この箱の中に無いものは、キタキツネには必要ない。
大丈夫、時間は幾らでもある。
失敗することなんて絶対にありえない。
この箱庭だけが、僕たちの
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