第13話 夏野菜カレーとチョコちゃん
「チョコちゃん、こっちこっち」
克己さんがにこやかに私を手招きしている。
私はあのあと克己さんに連れられて、克己さんと貴教さんのお家に来ていた。
喫茶『MOON』の裏手のドアの前に立っていた。
喫茶店の奥と二階が居住スペースで二人のお家なんだそうだ。
「本当に良いんですか?」
「良いの、良いの。おいでよ」
克己さんは木製の大きなドアを開けて押さえてくれてた。
「古い家だけど、まあまあ居心地は良いからさ」
喫茶『MOON』だってついつい長居してしまう。玄関から見えただけでも、不思議と雰囲気の良さを感じる。
二人のお家も確かに居心地が良さそうだよね。
「お邪魔します」
喫茶『MOON』の裏手のドアから、お店ではなくて南雲家に上がらせてもらった。
(お店の奥はこんな風になってるんだあ。でも良かったのかな?)
「俺と貴教しか住んでないんだ。遠慮しないで。そこ、座ってくつろいで」
お店と変わらないぐらい素敵な空間が広がっていた。
観葉植物がセンスよく飾られて、山小屋のロッジみたいな暖炉やテーブルやベンチが並んで、ハンモックやブランコまで家の中にあったのがびっくりした。
吹き抜けで天井が高い。
「ちょっと待ってて」
克己さんはドアから出て行った。
私は広い部屋を見渡していた。
克己さんは『MOON』の方に寄って貴教さんと話してたみたい。
しばらくするとスリッパを履いている人の静かな足音がした。
克己さんかと思ったけど、喫茶店の制服を着た貴教さんだった。
「はい、どうぞ」
貴教さんが目の前に、サラダと切ったレモンをグラスに添えたアイスティーと、喫茶『MOON』の新しいメニューの料理を持って来てくれた。
「わあ〜。美味しそう!」
うーん。すごくいい香り。空きすぎたお腹を刺激する。具材がゴロゴロっとしたカレーだ。
「季節限定、夏野菜カレーです。召し上がれ。克己は着替えたら来るからね。食べながら待ってて」
「ありがとうございます。いただきます」
貴教さんはニコニコしながら、料理を運んだトレイを持ってお店に戻って行った。
私は一口一口を味わって食べながら自分の頭の中で、勝手に宣伝文句が浮かんでた。
【喫茶『MOON』の夏野菜カレー
お馴染みの『MOON』のまろやかなカレーと味わいが違いますよ。
スパイスの種類と配合を変えてみました。
なすとトマトと、グリルでいったん焼いた大きめのチキンを具材に選びました。
双子のマスターのこだわりの夏野菜カレーです。
喫茶『MOON』にご来店の際はぜひご賞味あれ。
ピリリとスパイシー♪
舌に心地よく残る刺激があとをひきます。
ごちそうさま。
また食べに来ま〜す。】
私は感激していた。
克己さんと貴教さんの優しい気持ちにウルッと涙が出そうになった。
もちろん夏野菜カレーはすごく美味しい。
着替え終わった克己さんが私の目の前にやって来て座ると、視線が合ってちょっと緊張した。
私に微笑みながら、克己さんはテーブルに片肘をついて私をじっと見ている。
私はゆっくりとスプーンを運ぶ。
「ねえどうかな?」
「とっても美味しいです!」
それを聞いた克己さんはくしゃくしゃっと嬉しそうな顔をして笑った。
「なんか足らなかったりする? まだ開発段階だからさ、チョコちゃんの……お客様の意見を聞きたいんだ。
チョコちゃんが感じた事そのままに」
私は悩んだ。
こんなにしてもらった上に意見なんて。
それに私なんかの思ったことなんて、的外れかもしれない。
「自分の意見をいうことは悪いことじゃないよ。遠慮せずに言ってくれないかな?」
私は思い切って感じたことを言ってみることにした。
「そうですね~。緑かな」
「緑色?」
「そうです。アスパラかオクラなんかを入れてみたら、華やかさが増しますかね?」
「ふふっ」
「えっ?」
「ありがとう、チョコちゃん。採用するアスパラ! 良いね。あとはオクラかあ。
今、チョコちゃんの緑色で思いついたんだけど、黄色か赤のパプリカも良いと思わない?」
「いいですね」
彩りが加わってますます目にも美味しく、味ももっと美味しくなると思った。
「敬語……やっぱりなかなか」
「えっ? 何ですか?」
「ううん。何でもないよ、チョコちゃん。俺も腹減ったから、夏野菜カレーを貴教にもらって来るわ」
「あっ。はい」
「チョコちゃんの言葉を聞けて嬉しいよ」
克己さんは部屋のドアを開けながら振り向いて言った。
(私の言葉を聞いて嬉しいなんて)
そんなことを言ってもらえるなんて思わなかった。
私は自分が存在していいのか? とすら思ってしまっていた。
人に、自分の意見や心のなかの気持ちを言う自信すら失っていたんだ。
泣いてしまって、ひたすら落ち込む私を、喫茶『MOON』の克己さんは励ましてくれた。
克己さんなりの励まし方で。
私は貴教さんがさっきテーブルに置いてくれたアイスティーに手を伸ばして、ガムシロップを少し入れた。
その様子をじっと見てみる。
眺めているうちに、私は胸の中がじんわりと温かくなっているのに気づいた。
優しい人たちが私の周りに近くにいてくれる。
目の前のアイスティーに落としたガムシロップみたいに広がっていた。
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