第2話 お父さんの仕事

 ごくごく普通の会社員。どこにでもいる会社員。妻と子を養えるだけの収入がある、という意味ではどこにでもはいないのかもしれないが。


 会社に着いてまずは回覧板や書類に目を通す。


 全ては魔術による処理が施されているため、社外秘の文書が社外に漏れたり、部外秘の書類が部外に漏れたりすることもなく、部内でも担当職員ではない人間には何も見えないセキュアな書類である。


 これらを読み書きするだけの魔力のない人間はどんどん脱落していく。今年の新入社員も、一体どれだけ残ることやら――ため息をかざるを得なかった。


 午前中はひたすら書類整理が、だいたい毎日の仕事だ。ある程度の責任のある立場である彼に、ミスは許されないのだ。


 その緊張感を解きほぐしてくれる愛妻弁当、それを忘れてきそうになっていたのだから大変なことだった。


 午前中の仕事を終えて、好物ばかりで揃えられている弁当に舌鼓を打つ。


 弁当箱を洗って帰るか洗わずに帰るかなどというありがちな心配も要らない。朝と同じように、新品同様にまで綺麗にする呪文を詠唱して、綺麗になった弁当箱をただただカバンの奥にしまうだけ。


 ただし、料理関連の魔術は使えない男性も多いようで、周りの女性社員からは「奥さんが羨ましい」などという声が上がるのも、また事実ではあった。


 午後は取材や打ち合わせがたっぷり入っていた。


 そもそも、娘が魔術高等専門学校に入ろうとした原因のうちのひとつである、魔術に特化した学校の取材をして記事にするのが、この会社の主な事業なのだ。


 今日の分の取材や打ち合わせを終えた彼は、スケジュール帳を見てふと気付いた。娘が来週から通う学校の取材が入っている、ということに。公私混同と言われないよう根回しをしなければならないな、そう思ったところで退社時刻を迎えた。


 娘に内緒にすべきだろうか……? 父の悩みも、尽きない。

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