スズランのせい


 ~ 五月一日(水) 姑の場ふさがり ~


 スズランの花言葉 コケットリー



「令和! ばんざーい!」

「まさか三時代生きる事になるとは!」

「もういっこ来るわよ、そのうち!」

「いいや! 二つはいきたいね!」

「令和! ばんざーい!」

「ばんざーい!」



 ……すいません。

 大人たちがバカで、すいません。



 静かなダリアさんと、苦笑いするまーくんを除くバカ三人。

 大量の缶ビールを俺に背負わせて、山道を三キロも歩かせて。


 ようやくたどり着いた目的の湖は。

 広い砂浜を持つ素敵な場所ではあるのですが。


「重かった……。なぜ俺がこんな目に?」

「そりゃあんた、みんなでビール飲むんだから当然さね!」

「バカねえ、道久君は」

「そうだぞ道久。それよりもう一缶よこせ」


 ちきしょう。

 この布陣じゃあ、何を言っても三倍で返って来る。


 ここは大人しく、雄大な景色を眺めながら。

 自分の出生を嘆いていることにしよう。


「すげえなあ、道久君の扱い」

「……ショウジキ、どんびき」

「夏、旅行に行ったとき話したじゃないですか」


 まーくん夫妻が俺の不遇を理解してくれたこと。

 それは何よりうれしいのですけれど。


 でもこの二人も。

 俺を手伝ってくれたわけではなく。


 まーくんはひかりちゃんをおんぶしていましたし。

 ダリアさんは、なにやら大きな荷物を背負って来たのですが。


「その荷物、何なのです?」


 長い棒が二つに白い布。

 その用途を訊ねてみると。


「……少年。エッチなことを聞く時は、モット小声で」

「そんなこと聞いてないよ!?」


 しまった。

 久しぶりだから、物静かだから。

 つい忘れていましたけど。


 この人が一番の変人だったのでした。


「いいか? この辺りに、水着に着替えるバショなど無い」

「……はあ。それなのに、出がけに二人に水着持たせたのですか?」


 穂咲とひかりちゃんは。

 湖で水遊びをするからと。


 ダリアさんが準備した水着を抱えて。

 着替える場所を探してうろうろとしているのですが。


「そこでコレの出番。……私の妄想を叶えるイッピン」

「これの出番って……?」


 ダリアさんが嬉々として砂浜に立てたイッピンとやらは。

 二本の棒の間に白い布を張ったスクリーン。


 一体何かと首をひねっていたら。

 穂咲とひかりちゃんを呼びよせて。


「……二人とも。このウラで着替えると良い」

「良くありません。シルエットくっきりじゃないですか」


 父ちゃんたちに丸見えですよ。


 まったくもって。

 この変人は何を考えて生きているのやら。


 そもそも。


「男性ならともかく、ダリアさんなら二人の着替えを見る事出来るでしょうに」

「ハア……。少年は、何も理解していない」

「そうですね。ダリアさんがおかしな人ということしか理解できません」

「私が望むものは……」

「理解できないので説明いりませんよ?」

「女の子が着替える姿をシルエットで見たい」

「………………すごく困ったことに、ちょっと理解できました」


 チラリズム的なやつですよね。

 しかし何というおっさん思考。


 だから、俺は見ませんよ?

 おっさんじゃないですし。


 どうぞアリーナ席でなどと背中を押されましても。

 スクリーンの直前に座らされましても。


「サア、とくとご覧あれ。女子高生とヨウジョのコケットリー」

「コケットリーが何かは知りませんが迷惑です」


 ほんとは見たいくせにとか。

 酔っ払いチームから冷やかしの声が聞こえますけど。

 そういうことされるから避けたくなるのですよ。


 姑の場ふさがり。

 いえ、別に穂咲と夫婦になった覚えなどありませんが。


 ……などと思っていたのに。


「さあ、少年。ドキドキシルエットタイムの開幕」


 そう言われたら。

 反射的に目が正面に向いて…………。


「図られたっ!」


 スクリーンに映った影は。

 雪だるまによるタコ踊り。


 ダリアさんばかりでなく。

 父ちゃんもおばさんも。

 母ちゃんのシルエットを見て。

 ビバ、コケットリーとか大騒ぎしていますけど。


 さっきから皆さんが口にしてる。

 コケットリーってなんのこと?

 携帯で調べてみると。


 『女性の艶めかしい姿』



 …………これがかね? 諸君。



「わっはははは! どうだい、あたしのセクシーダンス!」


 真っ黒な、薄手のダウンを羽織った母ちゃんが。

 わはわは笑いながら宴会場へ戻っていきますが。


 髪も黒く染め直しているので。

 後姿も影絵そのまんまの雪だるま。


「では、エントリーナンバー二番なの」


 そして穂咲の声がスクリーンの向こうから聞こえると。

 待ってましたと、客席から拍手と声援が湧きおこったのですが。


 それが一瞬にして笑い声に変わります。


 まさか、君もタコ踊り?

 呆れながらスクリーンを見ると。


 このシルエット。

 どう見ても。


「……それはコケットリーではなく。コケコッコー」


 鶏の影絵でした。


「合ってるの。コケコッコーって言ってたから、こんなのをお見せしてみたの」

「合ってないです。……とは言え、それどうやってるの?」


 どう見ても。

 鶏そのものなのですけど。


 なんなの?

 君は影絵の天才なの?


 首をコケコケ動かして。

 そのうち翼まで広げて。


 そして影絵が地面に落ちて。


「コケー!」


 …………走って逃げちゃいました。


「おおおおおい! どこから連れて来たの!?」

「その辺歩いてたの」

「ウソおっしゃい!」


 ほんとなのにと、スクリーンの裏から出て来たこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は俺がお団子にしてあげて。

 そこに、白い小さな鈴が下がる可愛らしいスズランを活けてあげたのですが。


「では、エントリーナンバー三番なの」


 そんな穂咲が俺の隣に座り込んで。

 ぽふぽふと拍手などすると。


 ひかりちゃんが。

 スクリーンの向こうで水着に着替え始めたのです。


 でも。

 これはちょっと。


「…………ダリアさん。設計ミス」

「なんてこと。この私とあろうものが……」


 スクリーン。

 下まで届いて無いものだから。



 シルエットにならず。

 丸見えでした。



「コケットリー!」

「コケットリー!」


 ああうるさい。


 すいません。

 大人たちがバカで、すいません。



 ――そんな大騒ぎをした砂浜も。

 穂咲の思い出の場所では無かったようなのですが。


「さすがに、ヒントも無しで見つけるのは無理なのです」


 ここは暖かい風が吹き込むのでしょうか。

 既に、湖を囲む新緑が目に眩しくて。


 たくさんのお日様の子供たちが。

 水面をはしゃいでまわり。


 一つ目の湖とは違った表情を持った。

 風光明媚な場所ではありますけれど。


 でも。

 観光に来たわけではないので。

 ハズレでは意味がありません。 


 思い出の場所。

 家から電車か車ですぐの湖なのでしょうけど。


 それでも、調べれば調べるほど。

 候補となる湖は意外と多くて。


 いやはや。

 今回ばかりはお手上げなのです。


「……やっぱり、無理?」


 いつもより、少し寂しそうなトーンで。

 穂咲はつぶやきます。


 そんな横顔には、寂しさというよりも。

 大人びた微笑が浮かんでいて。


 どうあっても無理な願いと。

 自覚していることが伝わって。



 だから。

 ちくりと胸が痛みます。



 やっぱり、見つけてあげたい。

 でも、砂浜のある湖というだけでは……。


「残念なの。やっぱ地名だけじゃ、見っからないもんなの」


 見つかるわけがないので…………、は?


「今、何て言いました?」

「地名」

「そんなの一回も言ってないでしょうに! 思い出したならとっとと言いなさいよ!」


 俺が慌てて立ち上がったものだから。

 砂が舞って、穂咲はぶんむくれていますけど。


「むう! ずっと言ってたの!」

「言ってません」

「言ってたの! ひよしがりって!」

「うそでしょ? そんな地名あるわけ……、いや、待てよ?」


 まさか。


「君が掘ったものの名前は?」

「ひよしがし」

「……君がおじさんと行った遊びは?」

「ひよしがり」


 じゃあ……。


 俺たちのやり取りを。

 いえ、穂咲のバカな発言を聞いて。

 大人たちが慌てて携帯をいじり始めましたが。

 

「君が行った場所の地名は?」

「何度も言ってるの」

「…………ひよし?」

「アタリなの」


 俺は頭を抱えて砂浜にしゃがみ込みながら。

 この面倒な女にげんこつを落としたいという気持ちを。

 精一杯押さえ付けていたのでした。


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