ムスカリのせい


 ~ 四月二十六日(金) ひよしがり ~


 ムスカリの花言葉 夢にかける思い



 学校から帰ると。

 お店を母ちゃんに任せたおばさんが。

 連絡した通りの品を、庭に準備しておいてくれたのですが。


 そこで大はしゃぎで、プラスチックの熊手を振るっているのは。

 自称高校三年生の藍川あいかわ穂咲ほさき


 実際には幼稚園児なのです。


「たのしいの!」

「はいはい」

「でも、ほんとはもっと広いとこだったの」

「はいはい」


 小さな頃は、もっと大きなものだと思っていたのに。

 今見ると、結構小さいのですね。


「……実際には、どこの海に行ったのです?」

「そんなの知らないわよ。おばさん行ってないから」

「ほんとの場所がいいの」

「よしなさいな、道久君がここまでしてくれたんだから。……ありがとうね、いつも」


 おばさんが、ふわっと微笑みながら俺の頭を撫でてくれるのですが。


 なんでしょう。

 嬉しいのに、恥ずかしさの方が勝って。

 お尻がむず痒いのです。


「俺は何にもしてないのです。準備してくれたのはおばさんですし、穂咲と宝探ししたって教えてくれたのはおじさんですので」

「宝探しじゃなくて、ひよしがしなの」

「そう、それな。足を引っ張ったのは君の記憶なのです」


 おじさん、聞き取り辛いほどでは無かったですけど。

 それなり江戸っ子発音で。


 『ひ』と『し』がひっくり返ってしまうのですよね。



 ……庭に置かれたビニールプール。

 そこに砂をたっぷり詰めて、水を張って。


 簡易潮干狩り会場に、制服の袖をびしょびしょにしながら熊手を突っ込んでいるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上で二つのお団子にして。

 長い穂の先に、鮮やかな青いお花をブドウのように咲かせたムスカリを一本ずつ挿しているせいで。


 今日は一日。

 蟻さんと呼ばれていましたが。


「今はモグラさんですね」

「なにがなの? ……あ! また見つけたの! 今度は黄色!」

「はいはい。じゃあ、焼きますかね」


 穂咲が手渡してきた黄色いヒオウギ貝を受け取って。

 よく洗ってからバーベキュー台の上に置きます。


 しかしこの遊び。

 焼けた貝から砂を取るのが存外面倒なのです。


「そっちの赤い貝、もう食べられそう?」

「貝の焼き加減なんて分かりませんよ」

「どれどれ……、うん、いいんじゃない? 道久君、ビール持って来て!」

「昼間っから!?」

「だって、バーベキューにはビールでしょ?」


 呆れた。

 この調子だと、店を放って母ちゃんを呼んで。

 酒盛りを始めそうなのです。


「お!? いいねいいね! 道久! ビール!」

「まだ呼んでねえ!」


 とんだ嗅覚。

 穂咲の悲しい人探知レーダー並みなのですけど。

 女性って誰でも、何かしらのレーダーを搭載してるの?


 でも、こうなったらいう事を聞く二人ではありません。

 仕方なしに、俺がお店に行こうとすると。


 おばさんがぽつりとつぶやいたのです。


「そう言えばゴールデンウィークだったかしら。ほっちゃんが宝探しに行って来たってはしゃいでたの」

「ちょうどこの時期は潮干狩りのシーズンですしね」

「違うの! ひよしがりなの!」

「はいはい」

「ちゃんと違うものなの! ひよしがりは、おもちゃとかお菓子が獲れるの!」

「はいは……、い?」


 なに言ってるの?

 熊手掲げて。

 髪に泥をつけて。


「……幼稚園のおじょうちゃん、一つ教えてくれる?」

「幼稚園じゃないの!」

「潮干狩りって何?」

「海に行って貝とか掘るヤツ」

「ひよしがりって何?」

「湖に行ってお菓子掘るヤツ」


 はああああ!?


 ムッとしたまま俺を見上げる穂咲さん。

 あなたの中では、二つは違うものだったのですか?


「え? じゃあ、君は潮干狩りに行ったことある?」

「無いの」

「おじさんに連れて行ってもらったのは?」

「ひよしがり」


 そうなりますよね。


「だから、ママが作ってくれたからこれはこれで楽しいけど、お菓子が出てこなくて、これじゃまるで潮干狩りなの」


 そんなおバカな発言に。

 母ちゃんとおばさん、揃って大笑い。


 いやはやまったく。

 何でも忘れちゃうくせに。

 教わったことはずっと信じてしまうとか。


 君の頭脳は。

 面倒な構造をしていらっしゃる。


「じゃあ、パパと出かけたの、湖だったのね?」

「そう! 砂浜のある湖!」


 そしてしまい込んでいた記憶を探そうと。

 首を左に傾げて、ぼーっとしていた穂咲でしたが。


 でも、おじさんが自然の中で作ってくれた。

 楽しい遊びとその風景をうまく思い出すことができないようで。


「……わすれちったの」


 寂しそうに微笑むと。

 小さな背中を俺に向けて。

 再び、潮干狩りを始めたのでした。



 するとおばさんが。

 俺の方も向かずに、穂咲を見つめたまま。


「道久君」

「はい」

「ほっちゃん、可哀そうじゃない?」

「……まあ、そうですね」

「じゃあ、どうしたらいいと思う?」


 いえ。

 それを俺に聞かれましても。


「手あたり次第に探すわけにもいかないでしょうに」

「…………それ、採用」



 え?


 ウソですよね!?



 でも、それはウソでも冗談でもなく。

 俺たちは、ゴールデンウィークの間。

 ひよしがりが行われた場所を探す旅に出ることになりました。


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