クロサンドラのせい
~ 四月二十二日(月) 吉野ヶ里 ~
クロサンドラの花言葉 虚飾
「額に汗かいて肉体労働! 気持ちいなあ道久!」
「暑苦しいので近付かないで欲しいのです、六本木君」
本日は校内ボランティア。
新しく始まる、農業体験という授業のために水路を作るとのことで。
俺たち、なんでも屋の棟梁である先生が。
その作業を一手に引き受けてきてしまったのです。
「なんで俺たちが……」
「いやあ! 清々しい気分になるな! 道久!」
「君さえいなければもうちょっと爽やかなのですがね、六本木君」
まったく。
この単純な男が楽しそうにしていると。
……かっこいい奴だなと。
どうして自分はそう考えることができないのかなと。
劣等感を感じてしまうのです。
でも、ため息交じりに見上げた空は爽やかで。
俺の心のもやもやを洗い流してくれるよう。
ようやく気持ちをすっきりリセット。
だというのに。
そんな爽やかさに、ぺしっと泥を投げつけて来るヤツが現れました。
「大変なの! 世紀の大発見なの!」
……どうせ大したものじゃあるまい。
そんな気持ちで見つめる先で。
大騒ぎしているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上で鉢植え形に結って。
そこにオレンジ色が目に眩しいクロサンドラを一株まるっと植えているのですが。
久しぶりに。
凄くバカに見えます。
「何を発見したのです?」
力仕事をする気持ちが折れたので。
休憩とばかりにスコップを置いて。
大騒ぎする穂咲の元へ行きましたが。
「これ! 貝がわんさか出て来たの!」
「え? ウソですよね?」
「ほんとなの! よく見るの! これはきっと貝塚なの!」
そんな言葉に。
みんながわらわら集まってきました。
「なんの騒ぎだ?」
「穂咲が貝塚掘り当てちゃったっぽいよ?」
「マジか! 俺にも見せろ!」
そしてぎゅうぎゅうに顔を寄せて。
穴の中を覗き込むなり。
呆れた顔を穂咲へ向けます。
「化石になってねえ!」
「……それどころか、埋められて間もないな、これは」
「そうなの? でも、こんなに沢山の貝が出るとか不思議なの」
確かに不思議。
穂咲の言葉に、みんなが想像力を働かせます。
「……これは違うと思うけど、なんか出てくるかもな」
「おお、ほんとに化石が出てきたらすげえぞ? これは違うと思うけど」
「ロマンだな~! これは違うけど」
「むー! じゃあ、ほんもの掘り当ててみせるの!」
いや。
ないでしょ。
だから皆さん。
こいつに煽られてあちこち掘り始めないで下さい。
「こら穂咲。お前のせいでとんでもないことになったじゃないですか」
「きっとこの辺りに縄文とかの人がいて、貝を獲って生活してたの」
「ないです」
こんな山奥で獲れるのはタニシだけですって。
どうしてハマグリが獲れますか。
「第二の吉野狩りなの」
「君。今、かりの字を間違えましたよね?」
「しかもハズレなの」
「当たり前です」
駄目ですよそんなビックネーム借りてきちゃ。
吉野ヶ里遺跡に謝りなさいな君は。
でも、そんな穂咲の姿を見ているうちに。
なにかをおぼろげに思い出したような気がします。
おじさんと。
何かを発掘したという話を聞いたような。
そうでないような。
……ぼんやり考えている間にも、
あちこちから声が上がって。
「これ、化石じゃねえか?」
「おおっ!? まさかこれはアンモナイト……!」
ありえないことを口にする人たちが現れて。
発掘ブームと化してしまいました。
これ。
どうしましょう?
まるでいらんところを掘り出す男子を。
呆れて見つめる女子一同。
ジャージ姿で地べたに座り込んで。
男子は可愛いと言うチームと。
まじめにやれと憤慨するチームに分かれます。
でも、どちらも見ているだけなのに。
「……君は発掘チームなのね」
「絶対にみっけるの」
鼻息荒くスコップを振りかざして。
泥だらけになって。
男子に混ざって。
楽しそうに土を掘り返す穂咲の姿。
「秋山んとこは、男女逆転?」
見学する女子の列。
その後ろに立ち尽くしていたら。
冷やかしの声と共に。
幾人かが振り返ります。
「……騒いだのが穂咲じゃなければ、俺も掘っていたかもしれませんね」
「なんで? 一緒に掘ればいいじゃん」
「そうっしょ。ここで見てたって、どうせ後で立たされんのは秋山っしょ」
まあ、この大惨事のきっかけが穂咲である以上。
おかしな言いがかりをつけられないためにこうしていると。
そう見えなくも無いでしょう。
でも。
ちょっと違うのです。
虚飾にまみれた現代。
綺麗に着飾る女の子より。
泥まみれで真っ黒なのに。
キラキラ輝く笑顔に見惚れているなんて。
口が裂けても言えません。
何かに夢中になること。
その美しさは何物にも代えがたい。
進路の……、夢の決まっていない俺には。
穂咲の姿が眩しく映るのです。
……なんて思いも。
こいつは再びへし折ります。
急に何かを思い出したような顔をして。
こっそりと女子の方へ寄って来たのですが。
「なんですかその顔? またなにかやらかしました?」
女子に、寄ってたかって泥を拭かれているこいつ。
神妙な顔してますけれど。
「うう……。言わなきゃダメ?」
「言いなさい」
「……あのね? 貝塚の正体を思い出したの」
「は?」
この騒ぎの元凶。
あの貝の山のミステリー。
……まさか。
「君の仕業?」
「そうなの。去年くらいに埋めたの」
「なんでまた!?」
「未来に貝塚になるかもって思って」
「面倒なボケ!」
うわあ、最悪。
どうすんのさこの騒ぎ。
「……何か発掘されるまで、みんなやめそうにないのですが?」
「あたしは逃げるの。だからそうやって首根っこ捕まえられたら困るの」
「遺跡が出るまで責任取って掘ってろ」
「無茶なの。こんなとこでなんかが出る訳……」
「なにか出てきた! ここだけ硬い!」
「おお! 掘り起こすぜ!」
え? ウソですよね。
嘘から出たまこと?
大声を上げた、柿崎君とやべっち君。
二人に視線が集まった、その瞬間……。
ぶしゃああああああ!!!!!
……すごい勢いで。
水が噴き出したのですけど。
それって。
「水道管ぶち抜いた!」
「や、やべえ! 逃げろーーーー!」
この責任から逃れようと。
みなさん揃って、クモの子を散らすように逃げていきます。
やれやれ。
どうしようもないクラスです。
そんなみんなの捨て石である俺は。
深々とため息をつきながら。
水道管の亀裂の上に。
はだしで立ち続けました。
……早く修理に来てくれないかな。
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