シジミバナのせい
~ 四月十九日(金) 末広がり ~
シジミバナの花言葉 未来への期待
「だからね? とろ火とか中火とか言われても分かんないから、ぽこぽこしないようにとか、十秒で五ぽこぽこくらいとか言って欲しいの」
「確かに。中火って、なにが中くらいか未だにわかりませんし」
昨日、妙なスイッチが入ったせいで。
日がな一日お料理改革を訴え続けるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。
それが可愛いシジミバナで埋め尽くされているのですが。
今日のも全部、新一年生たちの仕業なのです。
「凄いのです。ちゃんと考えているのですね」
「もちろんなの。あとね? 少々って書かれても分かんないの。その辺がお料理の入り口をわざわざ狭くしてるの。大さじ中さじ小さじのセットがあるでしょ? だったら面倒がらずに少々さじも付けると良いの」
「ごもっとも」
いつも適当で無茶苦茶で。
将来のことなどまるで考えていないかと思っていたのですけど。
変な発想とは思いますが。
でも、こいつが口にすることは全部。
理に適っているのです。
「あと、きつね色も撤廃。狐なんか見たことないし、あたしの好きなアニメの狐は真っ白なの」
「飴色なんかも使いますけど。あんな飴の色、見たことありませんしね」
「そうなの。動画配信のおかげで家庭料理界は一歩進化したけど、もっと簡単なとこから改革して行かないとなの」
そして今度は包丁についてあれやこれや。
奇抜ながらも目からうろこな発言を続けるのですが。
こいつの意見は意見にとどまらず。
どうやったら改革できるか。
具体的なアイデアも打ち出しているのです。
俺に同じようなことができるかと問われれば否としか言えず。
しかも、未だにそこまで全力で取り組める何かを見つけてもおらず。
改めて、未だに夢が決まっていないことに。
不安を覚えるのでした。
……でもね?
「君の事、見直しましたよ」
「ほんと? プラス何点?」
それはもちろん。
「プラマイゼロなのです」
何で? とばかりに俺を見上げる君の手に。
握られている白いチョーク。
それを何本も何本も使って道路に落書きし続ける君の姿ったら。
将来なんて永遠に来ないものと信じる子供そのもの。
「しかも、校門前でやらないでも」
もう、かれこれ十五分はそうして落書きしていますが。
未だに先生に逮捕されないなんて奇跡です。
「だって、これ、おかしいの」
「……なにがです?」
「このチョーク、職員室に山ほどあったの。教室に置くべきなの。あたしだって落書きしたいのに、先生たちばっかずるいの」
「それはおかしいですね、確かに」
君の頭が。
そんな穂咲の落書きも意味不明。
道路の中央から、ありとあらゆる方角へ矢印が延びているのですが。
「ちなみに、それは何?」
「観光案内の標識」
観光案内だったんだ。
でも、俺の知ってる観光案内には。
登場しないものがあるのですけど。
「なんで生き物の名前があるの?」
「その生き物がいる方角なの」
はあ。
言われてみたら。
南を向いた矢印にはカンガルー。
東南東を向いた矢印の先にハイブリッドイグアナ。
「……この、南西にいるオイドンって何?」
「薩摩男子」
「鹿児島の皆様に土下座なさい」
しかも。
「ホッキョクグマが東にいてどうします」
「合ってるの」
「合ってません」
「だって、東京で見たの」
「そこは勤務先です」
……まったく。
尊敬した朝に。
呆れて物も言えない夜。
時計の針は俺の気持ち。
上を向いたり。
下を向いたり。
好きなのか、嫌いなのか。
そんな二択を。
考えるのも大変で。
いっそ考えることを辞めようか。
はたまたちゃんと考えて結論を出した方がいいのか。
結局、二択に苦しんでいる。
時計の針は俺の気持ち。
今日もぐるぐる。
同じところを二回転。
……そんな俺の目に。
なにやら、泣きそうな顔をしながら穂咲に近付く一年生が映りました。
「どうしたの?」
パッとしない、締まりのないルックスの一年生男子は。
俺の声に驚いて振り返ると。
その手に持ったシジミバナを見せながら。
「こ、こ、これ、挿さなきゃいけないのですよね? でも、ボクは思うんです。先輩、実は嫌なのに我慢してるんじゃないかって……」
おお。
おどおどしている割に。
ちゃんと分かってくれているじゃないですか。
「そうなのです、嫌がっているのです」
「や、や、やっぱり……」
「だからクラスの皆にも、やめるように言って欲しいのです」
俺が男の子にお願いすると。
むりむりむりむりと。
首を左右に振り続けてしまいました。
「……そうね。こいつに頼んだって無理に決まってる」
そして、いつの間にやら俺の隣に。
艶めく茶髪をシャギーにした女の子が立っていたのですが。
「そ、そ、そうだよね? ボクじゃ無理だよね?」
「ちっ……! ああ、ぜってえ無理だろうな」
彼女は、なにやら腹立たしそうに。
男の子へ酷い言葉を投げかけます。
「そんなこと言わずに、お願いなのです。なんなら君がクラスの皆さんに言ってくれても……」
「はあ? なんでアタシがそんな面倒なことやんなきゃなんねえんだよ?」
うわ。
確かにぶしつけな話とは言え。
随分と口の悪い一年生なのです。
ブラウスの裾を出しっぱなしにして男の子を睥睨する女の子は。
だらしない格好なのに、妙にさまになっていて。
「……彼とは同じクラスなのですか?」
俺の質問にも。
返す言葉は舌打ち一つ。
取り付く島もありません。
しかし。
彼女へ意識を奪われているうちに。
車道の真ん中では。
妙なことが始まっていました。
「……書きたいの?」
「ボ、ボ、ボクもやっていいの?」
「チョーク、山ほどあるからどうぞなの」
「や、やったー!」
……穂咲が見つめる先で。
電車とレールをかき始めた一年生。
にわかには信じられないのですが。
この人、心から楽しそう。
しかもその絵の子供っぽいことと言ったら。
「ウソ。……よくこの人、うちの高校へ入れましたね?」
まるで小学生。
そう思いながらお隣りの女の子へ話しかけると。
彼女は返事もせずに。
穂咲を指差します。
「……自分のことを棚に上げるなと?」
「まだ中坊と変んねえこいつより、あんたの彼女の方が異常だろうが」
「彼女じゃないのですが」
「はあ? ……ああ、なんか分かる。アタシも似たようなもんだから」
そう言いながら。
ため息交じりに男の子を見下ろしているのですが。
なるほど。
同じ境遇なのですね?
「じゃあ、そこの彼とは幼馴染?」
「なんでそんなこと聞かれなきゃなんねえんだ……。帰りてえ」
「恋人とか?」
「ちげえし」
「でも、好きなんでしょ? 保護者的な立場なのかもだけど」
ちょっとしつこかったですかね。
彼女は舌打ちして、 怒りをあらわに俺をにらむのですが。
そのうち、諦めたようにため息をつくと。
「……好きか嫌いか、面倒だから考えねえようにしてるんだよ」
奇跡的な言葉をつぶやいたのでした。
――と、いう事は。
こんな子供の様な彼にも。
素敵なところがあるという事なのでしょうか。
そんな疑問を胸に抱いて。
楽しそうに、線路脇へチューリップを書く一年生を。
何の気なしに見つめていたら。
「お、お姉さん! 書いちゃダメ!」
急に大声を上げて。
穂咲からチョークを取り上げました。
……彼が見つめる先。
そこに立っていた小さな女の子が。
落書きするお兄さんお姉さんを。
羨ましそうに見つめていたのです。
「困ったの。真似されると危ないの」
「ど、ど、どうしましょう、お姉さん……」
あたふたとする穂咲と一年生。
でも、この二人が道路に落書きするのは危ないよと言っても効果無し。
俺も、どうしたものか考えあぐねていると。
「帰りてえ……。やれやれ、しょうがねえガキ共だ」
そんなつぶやきと共に。
シャギーの髪がふわりと揺れて。
車道であたふたしていた二人の前に仁王立ちになると。
「こら、お前ら! 道路に落書きするのはいいことか? 悪いことか?」
「わ、わ、悪いことです!」
「ごめんなさいなの!」
「じゃあ、綺麗になるまで道路を掃除しろ!」
女の子にもよく分かる言葉で。
二人を𠮟りつけてくれたのでした。
「……ありがとう。いい機転です」
「別に。……アタシは、小さな子にこんなイタズラを見せたらどうなるかなんて気づかなかったからな。大したやつだぜ」
掃除道具を校舎へ取りに行く二人を見守るシャギーの少女は。
ため息をつきながらも。
末広がりに眉を落として。
微笑んでいたのでした。
「お花の先輩もすぐ気づいてた。……やるじゃん」
「いえいえ。のんきな後輩クンの方が大したものなのです」
ふんと鼻を鳴らしながら俺を横目で見る後輩は。
態度とは裏腹に、とっても優しい子なのだと知ることが出来ました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます