アマリリスのせい
~ 四月十八日(木) キノコ狩り ~
アマリリスの花言葉 おしゃべり
三年生にもなってこんな授業があるなんて。
「変な学校なのです」
「そうかね? 私は大歓迎なのだよロード君!」
俺から奪い取ったYシャツを翻し。
調理台に向かうのは、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を三角巾に押し込んで。
戦闘態勢もバッチリといったご様子。
でも、衛生上の理由から三角巾をかぶるわけで。
白からピンクへとグラデーションするアマリリスをその上から突き刺していてはいけないのでは?
「それ、毒があるからどっかにやっといてくださいよ教授」
「おお! これは失念していた! 助かったのだよロード君!」
生活の授業。
しかも男女混同。
さすがに気心知れた面々が。
和気あいあいと調理に挑みます。
そんな中、しっかり手を洗った教授が。
シイタケをその手に掲げ。
大はしゃぎするのです。
「実においしそうではないか! これこそ正解なのだよロード君!」
「なるほど。教授の探し物、キノコ狩りでしたか」
「ハズレ!」
「正解なの? ハズレなの? どっち?」
ああめんどくさい。
元気が信じがたいほどに空回り。
そんなに調理実習が嬉しいのですか?
メニューもパッとしませんし。
シイタケステーキとソーセージ。
小学校の調理実習みたいですが。
「焼くだけ茹でるだけってどうなの?」
「いや! 違うのだよロード君!」
「はあ」
「火加減とか、少々とかお好みでとかのあいまい表記! 我々はそこに警鐘を鳴らすものであって……」
なんだかほんとにどうしちゃったのでしょう。
同じ班の皆さんも。
調理の手を休めがちに教授の熱弁に耳を傾けます。
俺は呆れながら。
教授の手からシイタケを取り上げて。
じくを切り落としてコンロの上に網を乗せて。
かさの面を下にして並べます。
「……つまり、我々が料理をする機会があったおかげで身についたさじ加減! でもまったくその機会が無かった者にとってはまるで理解不能な不親切な言葉! これが料理を毛嫌いする原因となるのだよ!」
「なるほど」
「さればこそ! 皮の破けやすい白ソーセージを茹でるとか、火の通りが分かりにくいシイタケの焼き物とか、この辺りを基準に覚えることによって、感覚が身に付くのだ!」
教授が拳を振り上げている間に。
シイタケが汗をかいてきたので。
とっととお皿に乗せて塩を振って。
後は、中華風ソースを添えれば完成です。
これに、江藤君と宇佐美さんが作る野菜たっぷりの味噌汁が付いて。
柿崎君が炊いたご飯をよそって。
のんびり美人の小野さんが茹でたソーセージを乗せて。
教授が作るスクランブルエッグを加えて完了となるわけなのですが。
しかしこのラインナップ。
栄養バランスに文句は無いのですけど。
「ねえ教授。これ、ドイツ料理? 中華? 和食? 洋食?」
「さればこそ……、話の腰を折るんじゃない。昼食に決まっているだろう」
「誰がうまいことを言えと」
いいから君も仕事をしなさい。
アピールのために、玉子の入ったボールを教授の前に置いたのですが。
この人は華麗にスルーして。
野菜を綺麗に切り分けていた宇佐美さんの元へ寄っていくのです。
「ねえ、レイワちゃん」
「……まさか、この歳であだ名をつけられるとは思わなかったよ」
「スクランブルエッグじゃなくて目玉焼きでもいい?」
「……好きにしてくれ」
この班の神、宇佐美さんのお許しが出るなり。
教授は自前のフライパンを天高く掲げます。
そんな中。
宇佐美さんはエプロンで手を拭きながら俺の元にやって来ると。
「なあ秋山。うちの両親は仲が良くてね……」
「はあ」
教授のことが大好きな宇佐美さんでも。
さすがにいやそうな顔をされていますけど。
レイナというお名前では。
こう呼ばれても仕方なし。
「……二人はあたしの前で、決してケンカなんかしなかったんだ。それが中学の頃、トイレに起きた時に胸騒ぎがしてリビングへ行くと、ビスケットの取り合いで大喧嘩していてね……」
「なんのお話なのです?」
「どれだけ愛していても、疎ましく感じることがあるって話さ」
「だったら教授に言えばいいのです。レイワちゃんって呼ばないでって」
「無理だ。見ろよ、あの、くすぐりを覚えたばかりの子供のような笑顔」
宇佐美さんがため息と共に切れ長の目を向ける先では。
教授が、ニヤニヤしながら無駄にレイワちゃんレイワちゃんと連呼しています。
「……まるで小悪魔なのです」
「どれほど腹立たしくても諦めるしかない。……お前の気持ちを初めて過不足なく知ったよ」
珍しく。
ほんとに珍しく宇佐美さんが肩など組んできますけど。
こんな優しい方をいじめちゃいけませんので。
後で穂咲にはうまいこと言っておきましょう。
……さて。
味噌汁は江藤君が完成させて。
他の班へ遊びに行っている柿崎君がセットした炊飯器も。
炊きあがりのメロディーを奏でましたので。
あとはのんびり美人の小野さんの前に置かれた鍋からソーセージが顔を出したら終了でしょうか。
「小野さん。ソーセージ、どんな感じ?」
「ん~? そ~だね~。たぶん説明するより~、見た方が早いと思うよ~?」
美人で優しくて、クラス内外に多数のファンを持つ小野さんですが。
この、思わず舟を漕いでしまいそうになるスローテンポが玉に瑕。
……いえ。
これが彼女の魅力なのでしょうか?
俺も随分のんびりな方だと自覚していますけど。
いつも恵比須顔の小野さんには到底かなうはずも……?
あれ?
君が手にしたソーセージ。
まだ袋の中にありません???
「ちょっと小野さん!? どうなってるの?」
「それはね~、秋山~。ガスの火が出るボタン~。どれかな~って考えてて~」
「亀の牛歩かっ!!!」
この班、面倒なのは教授だけだと思っていたのですが。
意外な伏兵が現れました。
そろそろ終了時刻も近いですし。
これ、どうすれば!?
「……焼いてしまえ」
おお、神の一声。
宇佐美さんの命令に従って。
Yシャツを羽織っている間はちゃかちゃかと動く教授が。
俺が放置したままにしていたシイタケ用の網にソーセージを並べて。
コンロのスイッチオン。
「ファイア!」
そしてみんなで味噌汁をよそって。
ご飯をよそって。
お箸とお茶を準備している間に。
飄々と戻って来た柿崎君が。
小野さんとおしゃべりを始めました。
「なんだよ小野。ヴァイスヴルスト焼いてんの? 聞いたことねえ」
「え~? なにその必殺技~。強そう~」
「白いソーセージはヴァイスヴルストってんだ。外の皮は残して中身だけ食うんだぜ?」
「ふ~ん。……ねえ柿崎~。ソーセージって~、ブタの腸だよね~?」
「皮はな。中身は豚肉だよ。…………どうした、悩みだして?」
みんなが見つめる先で。
小野さんがのんびりと頭をひねると。
口をぽかんと広げたまま。
そこに両手を突っ込んで広げているのですが。
何をしようとしているのか皆が見つめている中。
柿崎君がぺしんと小野さんに突っ込みを入れました。
「いやいや。ひっくり返ったわけじゃねーって」
「えへへ~。やっと突っ込んでくれた~」
ああ、ボケてたのですね?
なんて分かりにくい。
口からべろんとひっくり返して。
腸の中にお肉を入れるとか。
一件夢があるようでめちゃめちゃ怖…………、ん?
「なんか、焦げ臭くありません?」
「ちょおっ!?」
慌ててサルベージしてくれた柿崎君のもつ皿の上。
そこに乗せられた真っ黒なヴァイスヴルスト。
……全員が青ざめる中。
教授が、そんなソーセージを。
なにも気にせずお皿に並べていくのですが。
「ウソですよね? これを食べる気ですか?」
「ヴァイスヴルストは中身だけ食べるの」
「……シュヴァルツヴルストになっちゃってます」
まあ、おしゃべりにかまけていた自分達が悪いのです。
食べられるところは余さず。
美味しくいただくことといたしましょう。
しかし、これ。
「見事にこんがり」
「ハズレなの」
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