オステオスペルマムのせい


 ~ 四月十七日(水) 暑がり ~


 オステオスペルマムの花言葉

          心も体も健康



 昨日めちゃくちゃなことをしでかしたというのに。

 結果、先生が喜んでいると知ったみんなから。


 いい仕事をしたと褒められるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……皆さん、お願いですから甘やかさないで。

 こいつが調子に乗ると、迷惑を被るのは俺なので。


 そんなお調子者は。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を編み込みにして。

 アフリカンデージーと呼ばれるオステオスペルマムを一輪挿しています。


 白い花びらは、先端だけ薄紫に色づいて。

 とっても爽やかな印象があるというのに。


「……君はちっとも爽やかじゃないのです」

「だって……」


 お昼休みもお終いに近い。

 ぽかぽかな春の日差しの中。


 机にタオルを敷いて。

 そこにあごを乗せて、ぐったりされていますけど。


「今日は暑いの」

「そうですか? ……まあ、君は暑がりですからね」

「ハズレなの」

「……『狩り』探しのつもりで言ったのではないのですが」


 そして、犬のように舌を出して。

 バカな子丸出しでいた穂咲が。


 鞄をガサガサとやって。

 フードプロセッサーを取り出しました。


「それ、どうする気?」

「偶然、扇風機持ってたから……」

「鼻が無くなっちゃいますよ?」


 いくらぼーっとしてるからって。

 そんなの顔に近付けないで下さい。


 これはしょうがない。

 代わりに、涼しくなる品を提供しましょうか。


「なにこれ?」

「冷却シートです。おでこに貼ればあら不思議。ペンギン気分を満喫です」

「…………飛べる?」

「君の気持ち、彼らにはちょっと重たいのです」


 いつもより。

 ボケの切れが悪い穂咲のおでこに。

 ぺたっとシートをつけてあげると。


「……そこそこ」

「これでそこそことは。熱でもあるのですか?」

「あるの」

「え?」

「地球が」

「……地球温暖化を小学生に説明してる気?」


 心配して損しました。


「なんだ藍川。風邪か?」


 そんな日差しの中に現れたのは。

 ぱたぱたと。

 下敷きで胸元を仰ぐ六本木君。


 やめてくださいよ。

 暑っ苦しさがビジュアル的にアップです。


「風邪じゃないの。おトイレに行きたいのに動きたくないくらい暑いの」

「なんだそりゃ? まあ、今日は確かに暑いが、トイレには行っておけ」

「無理なの……」


 机にのぺっとあごをついたまま。

 顔も見ずにぐずぐずと言う穂咲ですが。


 ちょっと閃いたことをやってみましょう。


「……なにやってんだ、道久?」

「こいつがトイレに行けばいいのですよね?」


 穂咲のおでこのシートに。

 ペンで書いた文字。


 それを見て、笑い上戸な六本木君が爆笑すると。

 穂咲は携帯で確認して。


 文句を言い始めました。


「酷いの! なにこれ!」

「だって、おでこシートがバスの行き先表示に見えたので」


 すいません、その顔をこっちに向けないで下さい。

 おでこに『トイレ行き』と書かれたその姿。

 予想以上に面白いので。


「むう! 道久君は、罰としてなんか涼しくするの!」

「そう言われましても。六本木君の下敷きで扇いでみますか?」


 ご機嫌斜めな穂咲のおでこを目掛けて。

 えおんえおんと下敷きを振ると。


 ようやく落ち着いた表情で。

 穂咲は、背もたれに体を預けるのでした。


「ふう、なかなかいい心地なの」

「さいですか」

「でも、もうちっと強風にならないの?」

「これがMAXですって」


 これ以上強くしたら。

 お花が飛んじゃいますから。


「そうなの? 道久君には、下敷きの才能が無いの」


 こいつ。

 調子に乗って。


「……なんで道久君は暑くないの?」

「心も体も健康だからですよ」

「あたしの方が健康なの。特に心」

「そんな方が他人に下敷きで扇げなんて言います?」


 穂咲が涼しくなる分。

 俺が怒りで暑くなる心地です。


 ようし、ほんとは授業が始まる前に取ってやろうと思っていましたが。

 冷却シートをつけたままにしてやりましょう。



 ――そして先生が教室に入ってくると。

 穂咲のおでこを見て。

 眉根を寄せました。


 どうせいつも立たされるのです。

 たまには清々した気持ちで廊下へ向かいましょう。


 俺は、立っていろと言われる前に席を立とうとしたのですが。


「藍川。ちゃんと行き先通りに運行しないと皆が困るだろう」

「はいなの」


 穂咲は席を立つと。

 言われるがまま、トイレに行ってしまいました。


「……あれ?」

「なんだ秋山」

「いえ。俺はどうすれば?」

「何を言っているのだ。勉強をするに決まっているだろう」


 あれれれれ?

 なんでしょう。

 これは困ったことになりました。


 悪いことをしてお咎め無しなんて。

 慣れていないのでどうすればいいか分かりません。


「……先生」

「さっきからどうしたんだ貴様は」

「心が冷たい俺はどうすればいいのでしょう?」


 さすがに表現が詩的過ぎたのか。

 この堅物には意味が伝わらなかったようで。


「…………風邪だったら早退しろ」


 そんなことを言われたので。

 俺は冷却シートに『自宅』と書いておでこに貼りました。


 そして、行き先表示通りにバスを走らせて。

 呆れ顔の母ちゃんに見つめられながら。


 授業が終わる時間まで。

 家の廊下で立っていました。


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