シレネのせい
~ 四月十六日(火) 刀狩り ~
シレネの花言葉 落とし穴
「藍川! いま隠したものを出せ!」
「いやなのーーーー!」
鞄に何かを隠して。
その鞄をお腹に抱いて抵抗しているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をローツインにして。
今日も一年生たちに散々植えられたシレネを頭一面に咲かせて。
そんなお花畑を振り乱して抵抗するものだから。
まるで桜吹雪のように、ピンクのハート形が舞い落ちます。
この大騒ぎはそもそも。
神尾さんがこいつにまわしたという致命的なミスが原因なのですが。
責任も取らず、苦笑いを浮かべたままフリーズしている彼女の代わりに。
クラス一同、言葉という刀を振りかざして先生の暴挙を止めにかかります。
ですが、そこは金剛力士像。
こんな攻撃では歯が立たないどころか。
逆に騒ぎを一喝して黙らせたうえに。
俺たち学生から、唯一の武器を取り上げてしまいました。
「やかましいぞ貴様ら! 今から口を開いたやつは立たせるぞ!」
「酷い! そんな刀狩り、卑怯なのです!」
「なんだ秋山。早速立たされたいのか?」
むぐ。
でも、なんとかしないと。
穂咲が隠したものを取り上げられては意味がない。
全員が押し黙ったのを見て、先生は歩みを進めるのですが。
これを止めるには?
…………おお。
良い手を思い付きました。
「あ」
「なんだ秋山。やはり立たされたいのか?」
「はい。口を開いた罪により、立ってます」
「…………ばかもん。そんなとこに立ったら通れんだろうが。大人しく廊下に……」
先生の進路を塞ぐ位置に立った俺を見て。
悪だくみに関しては以心伝心というこのクラスの。
あちこちから声が上がるのです。
「っしょ」
「ん」
「バッドバッド!」
「あははは……」
そして声を上げたみんなが俺の周りで直立不動。
先生の進路を妨害です。
「こら貴様ら! 一体何の真似……」
「じょわっ」
「ふぉっふぉっふぉ」
「へあっ!」
「んまっ」
最後には全員が立ち上がって。
先生を囲んで教壇へ閉じ込めてしまいました。
……しかしみんな。
なんて個性的。
同じ言葉で立ち上がった人いないよね?
「貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
お怒りはごもっとも。
でも、最後の一人が書き終えるまでの時間稼ぎ。
もうちょっとだけお付き合い願いましょう。
「やっとできたの!」
そして穂咲の声を聞いた時。
全員の肩が、同時に緩みました。
なんだかんだ緊張していたのですよね。
でもそれはしょうがない。
だってこの先生、これだけの人数に囲まれておきながら。
毅然と全員をにらみつけていたのですから。
でも、そんな先生の吊り上がった眉が。
人垣をかき分けてひょっこり顔を出した穂咲の手にした品を見て。
あっという間に八の字になりました。
そして全員そろって。
今度こそ、同じ言葉を口にします。
『お誕生日おめでとうございます!』
寄せ書きと。
プレゼントを受け取った先生は。
怒りたい気持ちと幸せな気持ちのコラボレーション。
まるで、鬼が悪だくみしているようないやらしい表情になってしまいました。
何と言ったものか考えあぐねて。
逃げるように、無言のままプレゼントの包みを開き始めたのですが。
お気持ちはわかりますけど。
何とも不器用な方なのです。
「で? 穂咲に任せちゃったけど、結局何を買ってきたの?」
「みんなに聞いたアンケート、満場一致だったの」
ああ、そうだったんだ。
皆からお金を集めて、君が買いに行ってましたけど。
先生が、いつもきっちり締めているネクタイ。
随分くたびれてきましたもんね。
皆さんも同じ気持ちだったなんて。
本当に嬉しいのです。
そして、不器用にほどいたピンクのリボンを丁寧にポケットへ入れて。
包み紙のテープをはがし始めた先生が、ようやく口にした言葉は。
「有難くて使えんな」
「そんなこと言わないで欲しいのです。使ってくださいよ」
「…………そうか」
「そうなの。きっとモテモテになるの」
「そうか」
頭のかたい事ばかり言う先生ですが。
でも、その厳しさは優しさから来ているもので。
そのことが良く分かるから。
誰もが心から慕っているのです。
そんな先生が。
優しい三十二個の笑顔に見つめられながら。
ようやく包みを開くと。
中から現れた箱を見てぴたっと停止。
『育毛剤』
「「「「何買って来やがった!」」」」
一斉に叫び声をあげた後。
皆さん、開いた口も塞ぐことなく穂咲をにらみつけるのですが。
「きっとモテモテなの」
「いえ、あの、穂咲さん? アンケート、満場一致って言ってなかった?」
「アンケートはネクタイで満場一致だったの。面白くもなんともなかったの」
……これは落とし穴。
確かに、アンケートの結果通りの品を買って来るとは一言も言ってない。
でも。
さすがにそれはどうなの?
そして呆然とするみんなが。
背筋に氷水を垂らされます。
「…………全員、口を開くなと言ったはずだが?」
憤懣やるかたなし。
でも、こいつに任せた俺たちのミス。
素直に、全員で廊下に並びはしましたが。
穂咲をにらみつけずにはいられません。
そんな中、飄々とした顔で。
悪人がつぶやくのですが。
「そう言えば道久君、狩りって言ってたの」
「え? ……刀狩りのこと?」
「それ、ハズレなの」
ハズレなら言わなくていいでしょうが。
結果、俺一人だけ。
みんなの1.5倍程、余計に腹を立てました。
……その日の放課後。
全員分の反省文を職員室へ出しに行くと。
席を外されていた先生の机。
目立たない所に。
ピンクのリボンをネクタイのように巻いた。
育毛剤のボトルが飾られていたのでした。
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