オジギソウのせい
~ 四月十五日(月) 鴨狩り ~
オジギソウの花言葉 三枝の礼
土日の間。
ありとあらゆる果物を思い浮かべて。
そのすべてがハズレだと言い切ったこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭の上で二つのお団子にして。
そこに、ピンクの玉の様なお花を咲かせるオジギソウを活けて。
お辞儀どころか、ふんぞり返りながら今日の食材を高々と掲げます。
「なるほど、果物で無ければ動物だと。……鶏の胸肉ですか? 教授」
「ふっふっふ! こいつは鴨肉なのだよロード君!」
へえ、鴨。
……ほんとですか?
不意に目に入ったオジギソウが。
俺に、不穏なメッセージを届けてくるのですが。
「オジギソウの花言葉、三枝の礼なのです。鳩の肉じゃないですよね、これ」
三枝の礼。
子鳩は親鳩より三つ下の枝にとまる礼儀を知った生き物。
俺が問いただすと。
こいつはいつも通り、変化球で返事をしてきます。
「三顧の礼? 呂布?」
「あれは賄賂の例なのです。三枝の礼はハトの礼儀のお話。ちなみに三顧の礼は、人材登用に行って首を切られないために必須なヤツ」
まったく。
そんなことでほんとに高三と胸を張って言えるのですか?
とはいえ。
「鴨肉なんてめったに食べないので、楽しみなのです」
「はっはっは! さすがロード君! 三度の飯よりご飯が好きな男だな!」
「何かの哲学ですか、それ?」
俺の呆れ顔に見向きもせず。
教授は鴨肉をフライパンへ投下。
皮をこんがり。
中までじっくり。
そして蓋を取って。
醤油とニンニクを回しかけます。
「うわ。おいしそうなのです」
「無論! しかもデザートは、季節外れの梨!」
「凄いですね! まさか、狩りが見つかった記念ですか? 梨狩りでしたか?」
「ハズレ!」
「じゃあ鴨の方ですね! 鴨狩りに行ったのですか?」
「ハズレ!」
フライパンをカチャカチャとさせながら。
教授は元気いっぱいに否定するのですが。
「……では、何狩り?」
「それを見つけるのはロード君の仕事なのではないのかね?」
いつもながら。
むちゃくちゃなことを当然のように言いますけど。
「では、教授の仕事は?」
「…………面白担当?」
「さいですか」
では、何か面白い話でもしなさいよと言おうと思っていると。
Yシャツを翻しながらケチャップのボトルを握った教授が。
「そしてたっぷりのケチャップを投入!」
豪快にフライパンを掴んで。
頭の真上に構えたボトルから、腰高に構えたフライパンの中へ見事に……。
「見事に全部床にまき散らしてます!」
「おお! ちょっぴりミステイク!」
「どこがちょっぴり!? はあ……。教授は面白担当から、床びっちゃびちゃ担当へ格下げです」
ああもう。
すぐに掃除しなきゃ。
俺は掃除用具入れからモップを取り出して。
悲惨な現場へ戻ってみると。
「こうすれば掃除の必要が無くなるのだよロード君!」
「……却下ですが、アイデアはいいので面白担当へ復職させてあげましょう」
どこから持ち出したのやら。
ロープでケチャップを人の形に囲って。
凄惨な死体発見現場へと変身させていました。
これなら確かに鑑識が済むまで掃除をしてはいけないという……、はずもなく。
「拭かないと叱られます」
「拭いたら叱られるのだよ!」
「だれに?」
「でかちょー」
そうね。
君、刑事もののドラマ好きだもんね。
「『話は全て聞かせてもらった』って言いながら扉から入ってくるのだよ!」
「来ません」
「来るの」
「来ないのです」
「言われた通り持って来たぞ藍川。これが専門学校の資料……」
教授と二人、指をさす先。
前側の扉をがらりと入って来たでかちょーは。
死体発見現場を見るなり額に青筋を浮かべました。
これはいつものパターンですよね。
俺はモップを教授へ預けて。
廊下へ向かおうとしたのですが。
その腕を、むんずと掴まれます。
「秋山。それ通りに寝ておけ」
「……新しい罰ゲームなのです」
教授が先生から資料を受け取っている間。
俺はモップでケチャップをよく拭いて。
紐の形通りに横になりました。
「驚くほどぴったりサイズだったの」
「関節が無茶な方に曲がってますけどね。痛くてかないません」
「自分でやったイタズラだろう。死体が文句を言うんじゃない」
「違うのです。これは教授が……」
「うるさい死人なの。死人に口無しなの」
そう言いながら。
教授は焼き立ての鴨のローストを。
俺の口に放り込みました。
そいつがことのほか美味かったので。
死体は、口がからっぽになる度に犯人を告発しようとして。
お腹いっぱいになるまで堪能しました。
「ふう。もう食べられません。満足したのです」
「まだしゃべる死人の口には梨なの」
「それは死人に口無しもがっ!?」
……まるごと突っ込まれたら。
ほんとに死人になってしまいます。
「……あ。あたしのお昼が無くなっちったの」
ざまを見よ。
真犯人の口には何も無しなのです。
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