モモのせい


 ~ 四月十二日(金) いまそかり ~


 モモの花言葉 忍耐



「この冬は、あんまり踏んづけてないの」


 何をさ。


「霜ふり」


 ……それは霜柱。


 連日飽きもせずに。

 よく言い間違えますね君は。


「あ!」


 そして自分で間違いに気づいて。

 耳を赤くしてうずくまっているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、耳の下でリース風に編んで。

 そこにモモの枝を飾っているのですが。


 そんな風流な雰囲気にとってもフィット。

 現在、古典の授業中なのです。


「あのね? 今のはあれなの。気がふれたの」


 なんとか言い訳しようとして。

 今度は、気の迷いか何かと言い間違えているようですが。


 授業中なので無視を決め込みたいところ。

 そんな大ボケをかまされると突っ込みたくて仕方ありません。


 しかし君さ。

 三年生になってもぶれませんね。


 家では勉強するようになったというのに。

 どうして授業中はそうなのですか。


 ほら、俺の真面目な姿を見て。

 ちょっとはちゃんと勉強なさい。


 そんな思いが通じたのか。

 こいつはようやく黒板に目を向けて。


 ……そしてまた。

 バカな遊びを始めました。


「道久君道久君! 『かり』を見つけたの!」

「うるさいのです。そんなの黒板のどこにありますか」

「いまそかり」

「……それ、君が探してる『狩り』?」

「ううん? いくらなんだってハズレなの」


 じゃあ騒ぎなさんな。

 目をキラキラさせなさんな。


 ……手をあげなさんな。


「藍川さん、質問?」


 古文の先生は。

 穂咲にちょっと甘いので。


 意味不明なタイミングで手をあげたこいつに優しく声をかけますが。


 それは無駄な面白タイムになるだけだと。

 何度も経験して学んできているでしょうが。


「いまそかりって、どういう字を書くの?」

「あら、面白い質問ね。一般的にはこう書くのですが……」


 在そかり


「こうも書きますので覚えておくと良いでしょう」


 坐そかり



 ……この、一見まともな授業風景。

 でもこいつのがっかり顔を見れば。

 俺にはよく分かるのです。


 君は『かり』がどういう字か知りたかっただけなのですよね?


 それが事もあろうに。

 ひらがなのまま。


 そうと知ったこいつが取る行動と言えば。


「はあ……。やれやれなの。がっかりなの」


 予想通り。

 派手に肩をすくめて首を左右に振っていますけど。


 先生を困った顔にさせなさんな。

 君の方がやれやれでがっかりです。


「え、ええと……、専門学校へ進むつもりなら論文が試験となることが多いですが、古語からの引用などお薦めなので、そんな顔しないで覚えて欲しいわ」

「…………古い言葉?」

「そうです」

「…………ピラミッド」


 教室内、震度1。

 かなりの人が肩を揺らして笑いをこらえていますけど。


 先生、そんな悲しそうな顔しないで。

 こいつの相手をするあなたが悪いのですから。


「あ、間違えたの」

「間違えたの、ではないのです。もう黙りなさいな」

「古典の授業なんだから古典関係の言葉じゃないと」

「まあ、そうですけど」

「あたしが知ってる一番古い古典関係の言葉…………、ネズミ返し」

「それはザビエルが載ってる方の教科書」


 はっ!? じゃないのです。

 先生が可哀そう。

 泣きそうになってます。


 そして震度2。

 そろそろこいつを黙らせないと。


「もういいので静かにするのです」

「あ、もっと古いのあった」

「黙りなさい」

「ビックバン」

「一等賞!」


 これにはクラス中が大爆笑。

 でも、俺だけは呆れ顔。


 先生まで笑っていましたが。

 その顔が一瞬で引きつります。


「やかましいぞ!」


 前の扉が勢いよく開いて。

 いつものだみ声が響き渡りました。


「……今、笑っていたやつらは全員被害者だな」


 そう言いながら。

 俺をにらみつけるのですが。


「俺は忍耐力があるので笑わなかっただけです」

「そうか。じゃあその言葉が本当かどうか試してやる」



 鉄棒の上で立たされました。

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