アルストロメリアのせい
~ 四月十一日(木) ぶどう狩り ~
アルストロメリアの花言葉
人の気持ちを引き立てる
「おお、道久。気合入ってんな!」
「頭をぺちぺち叩かないで下さい。暴れますよ?」
「それは道久らしくない。他のにしろ」
「では泣きます。大声で」
「…………悪かった。もう叩かん」
後ろ髪をざっくり刈り取られた以上為す術もなく。
全体を同じ長さに整えたのですが。
刈ってくれたおばさんも母ちゃんも。
随分楽しそうにしていましたし。
二年生になった、瑞希ちゃんと葉月ちゃんも。
嬉しそうに俺の頭をしょりしょり撫で続けていたので。
ここは良しとしま…………
「せん」
「急ににらみつけたりしてどうしたのだね? ロード君!」
この諸悪の根源。
お昼休みになると、俺のYシャツをエプロン代わりに羽織ってフライパンを振るうマッドサイエンティスト。
彼女の名前は
でも今は。
こうお呼びしなければいけません。
「教授。今日は六本木君たちを実験にご招待していたのですね?」
「うむ! 招待状さえ持っていれば、いつでも大歓迎なのだよ!」
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、ハイツインにして。
その結び目ふたつに挿されたアルストロメリア。
「綺麗な花ね」
「アルストロメリアは、百合水仙という和名も美しいのです」
「ああ、派手で豪快で、なんか気持ちが盛り上がる」
「花言葉も、人の気持ちを引き立てるというものですし。ピッタリですね」
俺の解説に。
渡さんと六本木君が目を丸くさせた後。
なにやら優しい笑顔を浮かべるのですが。
「……気持ち悪いのです。なんなのですか?」
「いや、勉強してるなーって思ってよ」
「勉強? いえ、ほとんど趣味なのですけど」
「でも、スタイリスト諦めたなら、やっぱりそっちの道に行くんでしょ?」
「さあ? まだ決めていないのです」
いいからそうしなさいよとか。
とっとと決めろだとか。
そう言って下さるお気持ちはわかるのですけれど。
もうちょっとだけ待ってください。
「二人とも、そう煽るな! ロード君だって必死に考えているのだからな!」
「おお。教授、たまにはいいこと言うのです」
我がままなのか。
それとも慎重に過ぎるのか。
お花屋さんになると考えた時。
どうにもしっくりこないものがありまして。
「……もうちょっとだけ、悩ませてほしいのです」
「無論そうしたまえ! というわけで、まずは腹ごしらえだ!」
教授の気づかいに。
ちょっと嬉しくなって。
どうにも涙もろい俺が。
熱くさせた目に入ったものは。
「教授。ねえ教授。今の感動を返してください」
「そうはいかんぞロード君! 常に時は常に移ろいゆくのが常なのだよ!」
「常だらけです」
そう呟いた俺の目の前に置かれたお皿に乗ってるの。
大粒とは言え。
ぶどうが五ヶ。
「……これは?」
「ぶどう狩りなの」
「これが狩りの答え?」
「まったくもってハズレ」
やれやれ。
ハズレならやめてくれればいいのに。
「お二人をご招待しておいてこれは無いでしょう」
さすがに呆れて文句を言うと。
渡さんが二つのお弁当包みを自分と六本木君の前に置いて。
六本木君は、やたらと手の込んだ招待状を出してきたのですが。
そこに書かれた文字は。
『デザート配布中なのキャンペーン』
「…………では、俺のメインディッシュは?」
「無論!」
「俺には論じさせていただきたい事が山ほどあるのですがね、教授」
いつものほかほか目玉焼きが。
ぶどうの上に乗った件について。
「……道久よ。お前の気持ちは引き立てられたか?」
「アルストロメリアの花言葉とは逆に、引きずり降ろされた心地です」
「穂咲が作ってくれたんだから。引き立てられなさいな」
「無理です。下がりました」
「そんなことを言わずに立つと良いのだよロード君!」
「はあ」
俺は言われるがまま、席を立つと。
悪友コンビが、そうじゃねえと腹を抱えて笑い出しましたが。
「いいですね、君らは気持ちが引き立てられて」
愚痴を零しながら、目玉焼きだけスプーンですくうと。
その上に、皮を剥いたブドウを乗せられました。
「…………教授。優しくて朗らかなロード君がそろそろ品切れになりそうです」
「いかんぞロード君! あくまでメインはぶどう! 本日の目玉焼きは、引き立て役に過ぎんのだ!」
「さっきメインディッシュって言ってませんでした?」
引き立てる引き立てるって。
巨峰・オンザ白身って。
どっちもお互いにとってマイナスじゃないですか?
そしてお二人さん。
こんな俺を見て、いつまで笑っているのです。
「いやあ! おもしれえなあお前らは!」
「秋山は、穂咲のいい引き立て役よね!」
……うまいことおっしゃる。
仕方がない、渡さんへの座布団代わりに。
こいつをいただくこととしましょう。
「どうだねロード君! 気分は引き立てられたかね?」
「……意外に美味くて、逆にテンション下がりました」
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