クリンソウのせい
~ 四月十日(水) とら刈り ~
クリンソウの花言葉 少年時代の希望
クリンソウ。
長い茎の先に群れ咲く赤いお花。
家を出る時には。
一本きりだったと思うのですが。
「すっかり変なルールが定着しましたね」
「うう。みんなして活けるのやめて欲しいの……」
おかしな決まりと思いつつも。
従順にこなす一年生。
こいつを見つけては。
同じ花をわざわざ探してきて。
無言無表情のまま挿していく。
そんな花瓶と化したこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はつむじの辺りにお団子にして。
既に十数本にも達したクリンソウをわっさわっさと揺らしています。
「いつか青田刈るの……」
「ですから物騒です。あるいは、髪を短くしたら? そうしたら挿せないのです」
授業中なので、お隣りに顔も向けず。
小声でなかなか気の利いたアドバイス。
でも、こいつは不満げなため息をついて。
「何にも分かってない
そんなことを言いながら
鞄をごそごそ漁り始めました。
……なにを出す気かしら。
ちょっと気になるところですが。
授業に集中しないといけません。
だって、未だに決まらない俺の進路。
現在地しか映っていないカーナビゲーション。
ようやく目的地が決まって入力してみたら。
入学試験にクリアしないとご案内できませんと言われる可能性があるのです。
……そんなクイズ付きカーナビ。
ちょっと面白い。
ではなくて。
授業に集中集中。
気合を入れて、背筋を伸ばして。
先生の言葉に耳を傾けると。
ちょき
……先生の言葉に。
耳を……。
ちょき
ああもう。
ほんとにもう。
逆側から聞こえてくる音に。
突っ込まざるを得ないのです。
それが秋山道久。
突っ込みを捨てるくらいなら立たされることを選ぶ男。
「授業中に切らない」
「だって、前髪がぴょこんって立っちゃうの」
「俺こそぴょこんって立たされます」
君が叱られると。
どういう訳か俺が立たされるのですから。
「ほんとやめなさいな」
「あとちっと。ここだけ整えたら……」
ちょきん
そして、今までより大き目な音が響くと。
とうとう雷が落ちました。
「新学期そうそう、なんの音だ!」
やれやれ仕方ない。
俺はいそいで筆箱からハサミを出して。
自分の前髪に当てながら。
「すいません。前髪が邪魔で、授業に集中できなくて」
ひとまず穂咲の身代わりになったのですが。
「だからと言って授業中に切るやつがあるか!」
「こ、子供の頃からの憧れでして、短髪!」
「そう言えば、道久君の髪、長くてみっともないの」
「腹立ちますね! 人の苦労も知らずに何て言い草なのです!?」
いつもそう。
庇い甲斐のない子です。
「……準備を怠るな、気構えが足りておらん。短髪にするなら授業の前にでもやっておけ」
「そうですよね! 先生みたいに、ばっちり気構えしとかないと!」
………………いえ。
そんなつもりで言ったのではなく。
ですから、真っ赤な顔で目を吊り上げて。
おでこらしき部分を手で隠しながら俺をにらまないで下さい。
このままでは、掲揚ポールの上に立たされてしまう。
俺は慌てて、気の利いた冷水を焼け石にかけてみました。
「せ、先生は、子供の頃の夢が叶ってそんな感じに?」
「……藍川。あとで思う存分こいつの夢を叶えてやれ」
しまった。
焼け石にマグマをかけてしまいました。
でもまあ、立たされないだけマシか。
がっくりとうな垂れて。
盛大なため息をついた俺ですが。
なにやら、神尾さんと岸谷君が。
慌てている様子に気付いて。
うな垂れていた頭を持ち上げると……。
じょきんっ!
「どわっ!? な、なにされた!?」
「急にあたま持ち上げるから、結構な勢いでいっちまったの」
「いっちまったって……、こっ、これは!? 何やってんの!!!」
後ろ頭に手を当ててみたら。
後頭部。
一部がまるきり坊主状態。
「ちょっとどうするのさ!」
「どうにもできないの。過ぎ去りし青春の日々は帰ってこないの」
「…………まさかこれ、君の探し物?」
「なんのことなの?」
「とら刈り、とかいうオチじゃないでしょうね?」
「そんなの探してないの。ハズレなの」
穂咲はハサミをくいっと広げて。
バツ印を作って俺をいらだたせたのですが。
「やかましい!」
先生の一喝に。
二人して、背筋を伸ばしてお口チャック。
「……藍川。秋山の髪は、後で切れと言ったはずだ。罰として立っとれ」
「先生が言ったのをやったのに、叱られるのは不本意なの。先生が立ってるの」
「なんだと!?」
うわあ。
先生が、真っ赤になって怒ってしまいました。
なんとかフォローしないと。
俺は慌てながらも。
今度こそ冷水を焼け石にかけてみました。
「ま、まあまあ。ここは後頭部だけ先生とお揃いになった俺に免じて……」
焼却炉の中に立たされました。
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