ペーパーカスケードのせい


 ~ 四月九日(火) 青田 ~


 ペーパーカスケードの花言葉

          思いやり



 たった一日で有名人。

 お花の先輩、あるいはお花ちゃん先輩と呼ばれるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、お姉さん風にハーフアップにして。

 昨日の面白現象によって定着した『意味の分からない先輩』というイメージを払拭しようと鼻息も荒く。


 神尾さんが、一年生たちにざっと学校の事を説明している後ろで。

 頭に活けた一輪のペーパーカスケードを揺らしながら言うには。


「昨日から寝ずに準備したの」


 とのこと。


 何を準備したのやらと穂咲の手元を見てみると。

 ガムテープやら。

 タコ糸やら。

 コピー用紙やら。


 そんな雑貨の山の上に。

 紅白に塗り分けられた厚紙が二枚。


 さて、念のため聞いておきましょうか。


「今日、新一年生の皆様へ我々が行わねばならないものは何でしょう」

「オリエンテーリングなの」

「オリエンテーションです」


 どうして君は、高三になっても。

 この二つを言い間違えるのです?


 ため息をつきながら。

 穂咲が準備した校内説明用のマップを一枚取り上げると。


「……この、ところどころに書かれた赤い丸はなんです?」

「ポストの場所……」


 ごめんなさい。

 言い間違えじゃなかったのですね。


 でも。

 これはもっとダメ。


「ああもう、だから俺は穂咲に地図を任せるの、反対だったのです」


 一年生へのオリエンテーションは。

 俺たちのクラス、総出で行うことになりまして。


 それもこれも、学年主任になったうちの担任のせいなのですが。

 四人一組で一クラスを担当せよと言われても。


「……マイナス一名を押しつけられたら実質二名なのです」

「そいつは心外なの。ちゃんとこのゲームで、有能な才能を発掘するの」

「発掘してどうします」

「ワンコ・バーガーへ勧誘するの」


 何を言い出しました?


「君はオリエンテーションを何だと思っているのです?」

「一年生に、生活に必要なことを教える時間なの。……そのついでに、青田 する時間でもあるの」

「刈らないです。……ん? 刈り?」


 あれ?

 なんか違うような。


 首をひねる俺に、紳士的な笑い声が届きます。


「はっはっは。それは君たち、誤用ですよ」

「ごよーなの?」

「青田『買い』と言いたいのでしょう」

「ほんとなの! お米が出来る前に刈り取っちゃってるの! 恥ずかしい……」

「そんなに恥ずかしがることは無いよ? ミステイクをする藍川君も、とてもチャーミングじゃないか」


 岸谷君は、穂咲の間違いを指摘しておきながら。

 スマートにフォローと褒め言葉をすっと差し出します。

 ほんとに紳士でかっこいいなあ。


 そんな岸谷君を、俺が憧れの目で見つめていると。

 彼は太鼓腹を揺すりながら。

 白い歯をキラリと輝かせてサムアップしたのです。



 ――俺たちが雑談する間に。

 神尾さんからの説明が終わり。


 次いで、あたしに任せておけと平たい胸を叩いた穂咲が前に出ます。


 まあ、どれだけひどいことになろうとも。

 神尾さんと岸谷君がいればフォロー可能。


 そう思っていた俺に。

 予想外の事態が待っていました。


「…………まともなのです」

「ええ。藍川君の説明、実にいいではありませんか」


 テンプレートとは程遠いですが。

 誰もが感じている等身大の不安。

 小さなことを、丁寧に話す穂咲の姿。


 きっと自分が入学する時に。

 抱えていたものばかりなのでしょう。


 それをどうやって克服していったのか。

 努力や経緯は説明せずに。


 手っ取り早く、どうすれば解決できるかという結論だけを教えてあげています。


 そんな穂咲のお話に。

 誰もが聞き入っているのですが。


 勉強の話になると。

 一人の生徒が手をあげました。


「先輩! 高校の勉強、難しいですか?」

「そりゃ難しいの」

「やっぱそうなんですね。……うち、勉強苦手で。何のためにやるのか全然わからなくて、不安なんです」


 おお、よくある超難問。

 これには穂咲もすぱっと返答できまい。


 そう思っていたのですが。

 こいつは今までと同じように。


 自分があれだけ思い悩んで。

 苦労して導き出した答えをあっさりと教えるのでした。


「勉強、難しいけど、夢を叶えるためにやるものだから楽しいの」

「夢?」

「そうなの。高校に入ったみんながやらなきゃいけない事は、自分の夢をたくさん見つける事なの。そのうち一つでも二つでも、夢中で本気で必死に頑張るとね? 気付けば自然と勉強するようになるから心配ないの」


 ……そんな穂咲の言葉に。

 一年生たちは、目をキラキラと輝かせ始めたのです。


 実際、この勉強嫌い娘も。

 夢に向かって一生懸命になり始めたら。

 勝手に勉強するようになりましたし。


「俺も、そんなものだと思うのです。だからまず、自分が熱心になれるものを見つけて欲しいのです」

「そのためには、学校が楽しいって思って欲しいの」


 穂咲はそう言いながら。

 オリエンテーリングのマップを配ります。


「五人一組になって、チーム対抗戦なの」

「え? 先輩。オリエンテーションの後半は、学校の主要な場所を教えてもらえるって聞いてたんですけど……」

「だから。必要そうなとこにポストがあるから、位置も覚えるの」


 そう言われて、改めてマップを見てみれば。

 丸の付いたところは必要な所ばかり。


 君らしい、後輩への思いやり。

 緊張していた一年生も、心からリラックス。


 そして、出席番号順に班を作ると。

 メンバー同士で、名前だけの自己紹介を始めるのです。


 これなら気軽に、お隣の席になる人のお名前を憶えることが出来ますし。

 初めてのお友達作りということですね。


「……素敵な思いやりなのです」

「誰でも思う事なの。初めに友達ができないままだと、不安なものなの」


 そう。

 誰でも思う。


 でも。

 誰にもできることではありませんよ。


 校舎へ向かって駆けていく一年生を、満足そうに見送る穂咲の姿は。

 紛れもなく、優しい先輩なのでした。



 ……でもね。



「計算外でしたね、これは」

「うう……」


 昨日、余計なルールを学んだ皆さんが。

 職員室に飾ってあったペーパーカスケードをその手に持って。


 ゴール地点でみんなを出迎えた。

 君の頭に挿して行くのですが。


「……それ、早めに誤解を解かないといけないのでは?」

「こんなルールはないの。こうなったら、青田刈りなの」

「物騒!」


 ……まさか、君が探している思い出が。

 そんな凄惨な現場ではありませんように。


 あと。


「頭、重そうですけど。刈っておきます?」

「結構ですなの。……あと、青田刈りもハズレなの」


 そりゃそうだ。

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