「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 20冊目🍁
如月 仁成
スイートピーのせい
~ 四月八日(月) イチゴ狩り ~
スイートピーの花言葉 至福の喜び
好きなのか、嫌いなのか。
いつからだろう。
俺は、また考えるのをやめていた。
将来の事、進路の事。
重要なことが増えてくると。
そんなことを考える余裕もなくなって。
専門学校に進めばもっと忙しくなると聞きますし。
就職したら、自分の時間などほとんどなくなると聞きますし。
……だから、思うのです。
大人はどうやって恋愛するのでしょう。
高校一年生の頃は。
好きなのか嫌いなのか。
揺れる天秤に悩まされて。
高校二年生の頃は。
はっきりさせなきゃと焦りつつ。
でも、夢探しという重要なものを優先させて。
そして、今日。
高校三年生になった俺は。
改めて思うのです。
リミットは、一年。
それまでの間に。
卒業してからも、ずっとお隣りにいて欲しいのか。
卒業したら、たまに会う程度の関係として割り切るのか。
一年間。
その間に。
自分の気持ちにはっきりと答えを出そう。
……そう決めた初日に。
すっぱりお友達と割り切る側の。
国境線の検問所で。
ポケットに手を突っ込んで。
パスポートを探している俺がいます。
「…………バカですね」
「うう。今年の新人さんは容赦ないの」
生まれた時からお隣さん。
ずっとずっと、何をするにも一緒だった幼馴染。
彼女の名前は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんに大きめのお団子にして。
……いえ、していたはず。
今は見えません。
「ほんと、心から思うのです」
「うう。バカで申し訳ございません……」
――始業式の後。
入学式のお手伝いをして。
そして、春休みの間にお付き合いすることになった細谷君と向井さんをお祝いしようと。
駅のそばにある、白を基調とした気品のあるカフェで。
ささやかなパーティーを開催中なのですが。
「元気出しなさいよ」
「でも……」
まるでくす玉の様に。
驚くほどのお花で埋め尽くされた頭が。
お隣りで俯いています。
こんなピエロが生まれた原因は。
新入生に配るんだと。
沢山持って来たスイートピー。
赤、白、黄色。
青、紫、そしてピンク。
入学式の行われる体育館。
その出入り口に設置した長机。
クラスの皆といっしょに。
そこにお花を並べているうちに。
新入生の入場時刻になってしまい。
そしてついていないことに。
慌ててテーブルの下手に立ったものだから。
「……最後まで泣かずに我慢できたことは褒めてあげるのです」
入場してきた一年生が。
説明も無しに、テーブルのお花を俺たちから受け取って。
それをどうしたものかと考えあぐねると。
視線の先に、自分が持っているお花を一輪。
頭に挿した先輩が立っていたのです。
「彼らに悪気は無いので。俺も逆の立場だったら、きっと同じ行動に出ますし」
あそこに挿せばいいの?
一人目は、一瞬の躊躇がありました。
止めようとする人もいました。
でも、お手伝いに当たったのは俺たちのクラス。
悪ふざけ大好きなお調子者が大多数。
首をひねりながら、次々と。
穂咲のお団子にお花をぶすぶすと挿していく面白光景を。
肩を揺らして笑いをこらえつつ。
ただ見守っていたのです。
「ほら。頑張った君に、ご褒美が届きましたよ?」
そんな言葉に、ようやく穂咲が顔を上げると。
目の前には、六人分のショートケーキが並びました。
「……もひとつ元気が出ないの」
「わがままですね。一緒に戦った皆さんに笑われてしまいますよ?」
この春休み。
同じネットゲームで楽しく過ごした皆さんが。
「ん。……そんな顔してると、私も寂しい」
「ははっ! そうだよ、もっと元気出してよ!」
「……ああ。ゲームをやっていた時のようにわがまま言うと良い」
「そうだぜ! なんかやりたい事とかあるか?」
あたたかい言葉で。
穂咲を励ましてくれると。
「あたし、『狩り』を探してるの」
いつものように。
無茶な切り返しをしたのでした。
「ちょっと、そんなこといきなり言っても。皆さんぽかんとしているのです」
こいつは、つい先日から。
小さい頃、なんとか狩りに行ったのを思い出したいと。
事あるごとに、それを手伝えと言って来るのです。
「だから、早速やってみたいの。いい?」
そして、誰もが理解できないままに。
穂咲が許可を求めるのですが。
元気づけたいと願う優しい皆さんは。
曖昧なままにコクリと頷きます。
すると穂咲は、途端に元気になって。
「「「「うわああああ!」」」」
皆さんのショートケーキから。
イチゴを全部取り上げて。
あっという間に口の中へ消し去ってしまいました。
「このおバカ! なにするのです!」
「……いひほはいはほ」
「いちご狩りなの、ではありません!」
ああなるほどと。
ようやく事態を正しく理解した皆さんが。
「……かへはいほ」
泣きそうな顔をしている穂咲を見て。
笑い始めました。
「それは噛めないに決まっているのです。でも乙女として、てっててれってしてはいけませんからね?」
「ん。……てっててれって?」
「あれですよ。口から出したり入れたり。テレビの効果音」
いえ、そんなに爆笑されましても。
こいつ、おしゃれな店ということも理解できずに出しかねませんし。
「……しかし、向井のイチゴを取ったことは許さんぞ?」
そんな中。
つきあい始めたばかりの彼女を。
紳士的にかばう細谷君のつぶやきが。
「藍川が悪さをした責任、ちゃんと取ってもらわんとな。……道久に」
さらなる笑いを生むのです。
やれやれ。
三年生になった初日からこれですか。
でも、涙目の穂咲に見つめられては仕方ありません。
俺は監督責任を取って、その場に立っていたのですが。
店員さんに叱られたので。
仕方なく。
パーティー代をもつことにしました。
……ぺらっぺらになった財布を。
テーブルに立ててみたら。
ようやく口の中が空っぽになった穂咲の笑い声ひとつで。
ぱたりと横になってしまうのでした。
「ちなみに、正解はいちご狩りでしたか?」
「全然違うの」
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