第1話 第3楽章

 ちょっと待て、どうしてこうなった。

 記憶をたどるが、全然思い出せない。よくお酒の飲み過ぎで記憶がないという人がいるがまさか実際におこるとは。とりあえず、お互い服は着ているので、なにかしでかしたわけではなさそうだ。となりですうすう寝息を立てている彼女はいったい何者なのだ。……しかしまつ毛長いな……。

「うーん」

 のそりと彼女は起き上がった。僕は思わず彼女と距離を取る。彼女は目をこすってこちらを見てなぜか会釈する。

「おはようございます、金森さん」

「金光です」

 寝ぼけてるのか?

「……じゃあカナヤンで」

「そんな超有名な指揮者っぽい感じで言われても」

 あちらが迷惑だろう。

「というか、すみません。まだ全員の名前覚えてなくて……」

「名前も知らないのに私のこと口説いたわけ? ひどーい」

 あ、この人変な人だ、と直感した。

「いやごめんなさい、まったく記憶がないんです、何か知ってたら教えてください」

「えっとね、カナヤンがトイレから戻ってきた後、美咲……あ、東雲ね。が薬入れたみたいなの」

「僕の飲み物にですか?」

「そう」

 クソ怖いんですけど!? でも、これでつじつまが合いそうだ。

「そりゃ、記憶もないか。てことは、あなたが助けてくれたってことですか?」

「芽衣子」

「は?」

「私の名前」

「あぁ……あなたが助けてくれたってことですか?」

「強情だなー、ま、そういう感じ。東雲はあの後セフレに呼び出されてどっか行ったんだよね」

 ほんと怖い。部活に行きたくないくらい。

「私は私でカナヤンに用があったから、そのまま背負ってきたんだけどね」

「ちょくちょくボケますね」

 寝てる時は気づかなかったが、彼女はだいぶ小柄である。背負えるはずがないのだ。

「寝てる時に随分蹴られたので」

「それはほんとうにすみませんでした」

 ご立腹でボケてくれるだけならありがたい存在である。

「それで、結局ご用とはなんですか?」

「ええっとね、インスペクター!」

「……はい?」

「私が、カナヤンとの連絡係など、オケとのことを円滑に行えるようにすることになりました! 芸術学部音楽科2年、野村芽衣子です! ヴァイオリンパートです! よろしくお願いします!」

 謎のドヤ顔をする彼女。寝癖すごいんだよな。

「それを言うためだけに僕の家で寝てたの?」

「そうだよー。言おうとしたんだけど、起きるタイミング見計らってたら私まで寝てた」

(笑)が語尾についているような喋り方で、へらへらと笑っている。

 彼女は彼女で別の怖さがある。

「じゃあ私シャワー浴びてくるね」

「ちょ、ここ僕の家…」

 封じる間も無く彼女は風呂場に行ってしまった。僕は頭をボリボリ掻いてとりあえずスマホを探そうとあたりを見回した。すると丁度よく通知があった。発信者は…。

「!!?」

 付き合っている彼女からだった。


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