第1話 第2楽章

 みんな楽器を持たなければただの大学生だ。

「すみませーん、生ピッチャーで4つ!」

 全体練習の後は決まって飲み会が行われる。どうやら僕の歓迎会も兼ねているらしいが、それらしい音頭もなくはじまった。明日は土曜日で講義もないため、男子も女子も随分と派手に飲む。部室で楽器を弾いてるとき時より騒がしい。一気飲みコールがクラシックのメロディーで幾度となく繰り返され、そして一時間もすれば7、8人が酔いつぶれて大部屋の端の方に運ばれる。カオスだ。

 大部屋全体にはブルーシートが敷かれている。何のためかと聞いたら、ゲロ対策だという。聞くんじゃなかった。

「金光くーん」

 隣の女子がもたれかかってくる。楽器を持っていないと正直誰が誰だかまだ分からない。避けるわけにもいかずそのまま放置する。しかし手は太腿に乗せないでほしい。

「東雲の今日のターゲットは金光なのか」

対面の手塚が真っ赤な顔をしながら独り言のように言う。彼の場合、名前は憶えているが担当楽器は憶えていない。

「は? ターゲットって?」

「夜伽相手ってこと」

その答えは本人から返ってきた。応答はまだしっかりできるようだ。しかし夜伽ねえ。彼女は現状ふにゃふにゃしているが顔立ちはいわゆる清楚系だ。男を釣るようの装いってことか。

だから別名サキュバス東雲なんて呼ばれてるよ、と手塚。ろれつが回っていない。

「酷いあだ名だな」

「噂によると吸いつくされるらしい」

 いつの間にかずるずると腰に手をまわしている東雲さん。本当にやめてほしい。

「そこでおっぱじめんなよ」

 手塚は立ち上がってしまった。どうも東雲さんの所業はオケ全員が知るところで、僕がターゲットにされるやいなや、触らぬ淫魔にたたりなしと、そそくさとその場に空間ができる。僕は純粋にトイレに行きたかったので、そこら辺にあった誰かのカバンを彼女に抱かせて大部屋を出た。

 金曜日の居酒屋はだいたい騒がしいが、ほかのサラリーマンが随分静かに飲んでいるように感じる。トイレの個室の方では誰かがゲーゲー吐いていた。青白い顔して出てきたのは風貌からしてオケの人だ。いったい何が楽しくてそんなに飲むのだろうか。僕はとっとと排尿を済ませ手を洗う。鏡の中の自分は顔色一つ変わっていない。酒が強い体質でよかった。

 しかしその後の記憶が僕にはほとんどなく、目が覚めると僕は自宅にいた。隣には東雲さんじゃない別の女性が寝ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る