第20話 灰被りはシンデレラ

「何が、遊…お前に何がわかるんだ!お前は、みんなから慕われているから分からないだろう!あの子は…苦しんでるんだ!自分の境遇に!立場に!お前が幾ら手を差し伸べたところでシンデレラはガラスの靴を履けない!」


白馬の王子の、珍しい怒声。

普段なら聞くこともない粗野な言葉。

掻い摘んで、大事なことは隠して話したところ、ものすごい剣幕で怒鳴られた。

きっと彼の中では叶依が好意を持っていると言う発想がないのだろう。

だからこそ向けられる感情がある種の英雄に向ける尊敬のように感じられたことだろう。

その間違いを正すことはできる。

でもきっとそれは、遊が伝えていい言葉じゃない。

事の発端から結末まで憶測もなく、彼女自身の言葉で言うべきだ。

そうして初めて彼女の告白は始まる。

お節介焼きはそう思い、真実を暈す。


「俺も、わかる」

「――何が!いや、もし仮にわかったとして、じゃあお前は何をどうして!」

「相手に理想を求めるのも、相手に依存するのもわかる。でも、今のままじゃダメだ。きっと破滅する。輪を乱しすぎたんだ。このままじゃ、人間として、だめだ」

「依存…?あの子は、俺に…依存していたのか。確かにその節はあった…でもあの子は、頼れる存在がいなかったんだ!どうしろと!」

「お前が、履かせてやればいい。ガラスの靴を」

「なぜ、俺が…」

「あいつは、死んでもいいなんて言ってんだ。俺が何か言ったところで何も変わんねぇ。今は、お前が言うしかない。俺はその手助けをしようって思った」

「お前が、そんなことを言って煽るからだろ!それにそれは手助けじゃない。飛び降り自殺をしようとしてるやつの背を押す行為だそれは!」


彼が珍しく怒っているのも、結局は他人の為。

こういう人間なのだ。

限りなく人としての善良に近い。

限りなく、聖人に近い。

どこまでも道徳に沿って人間的に正しい。

しかし、しっかりと個人として、一人の生きる人間としての自我や欲望、欲求、そして譲れない一線を持っているのだ。

アイデンティティも、何もかもを。

足りないものすら想像つかない。

唯一の欠点はろくな欠点が無いこと。

欠点がなければこれ以上の進化は見込めない。

そんな科学者の敵とも言える完成の体現。


「あいつは、お前に伝えたい言葉があるんだ。俺じゃない。俺は叶依の親友であっても生きる意味を与えてやれるような特別な人にはなれない」


叶依は他人様に迷惑をかけることに何処か負い目を感じていたのだろう。

だから喜びを思いっきり堪能することが出来ずにいた。

だから、満たされるべくまた同じことを繰り返す。

負のスパイラル。

それを今日、面と向かって指摘されて、向き合う、ケリをつける決意をしたのだ。

生きていれば誰しもが一度は通る道。

自分と他人との違いに折り合いをつける日。

思い悩み、苦しみ、その苦しみの輪廻から解脱する時。

その輪廻の苦しみから逃げるのが悪か、苦しみに立ち向かうのが愚かか。

生きていれば幸運にも巡り会うし、不運に見舞われることもある。

いくら楽観的プラスに捉えても不幸マイナスなことは幸福を減らすだろう。

しかし、だからといって全てに対し斜に構えるようなことをすれば、全ての物事はマイナスに見えてしまうものだ。

人生に絶対は無い。

全てのものは移ろい往くのだから、普遍性など砂上の楼閣のようなものだ。

だから、彼女の胸の蟠りを解く為には、全てをことごとくぶち壊すような、押し流すような濁流が必要なのだ。

新しい環境、新しい心境。

心機一転させるのだ。


「なんで、俺なんだ?」

「知るか。自分てめぇで確かめろ」


その、ふざけているのかと言いたくなるような問いにぶっきらぼうな口調で遊は返答する。

あぁ、答えは言えるのに。

回答を知っているのに。

まどろっこしい。

その疑問には万全の回答で答えられるのに。

あぁ、もどかしい。

ここで全てを明かしたらどんなことになるだろう。

きっとこの白馬の王子様は滅多にお目にかかれないような表情かおをするだろうな。

そう遊は心の中で零す。

しかし、実行には決して移さない。

何故なら、

至極当然の事だ。

悪戯では済まされない。

きっと関係に罅が入る。

そんなリスクを背負ってまで遊は彼の表情に価値は見いだせないし、もし仮に価値があったとしても友人に対してもそのような裏切りはできない。

多分、こうして話しているだけでも充分なお節介だろうが。


「ちゃんと話し合って、二人が納得する結論を出してくれ。俺じゃあ、お前に頼むことぐらいしかできない。思い付かない」

「…。そうするしかないのか。お前の期待に答えられるように頑張るよ。──でも遊、お前が彼女に最後の一歩を踏み出させたんだ。それだけは忘れるなよ」


幾分か落ち着いて、普段のトーンで話された言葉に遊は耳を傾ける。

最後の糾弾も遊は受け止めて。


「あぁ…。──頼むぞ、『小野瀬おのせ 櫻翔おうか』」


最後に、去り行く背中に向けて王子の名前を零したのだった。









「なぁ、元樹。俺たちさ、どうしたら良かったんだろうな」


夜のとばりが落ちそうな時間帯に二つの影。

遊と元樹である。


「あん?…そうだなぁ…どうすればよかったんだろうな。事前に察知する?いいやその程度じゃ止められない。別の誰かと結ばせる?一小学生にそんな特殊な技術なんてない。こう考えると所詮、俺たちの手に余る問題なだけだな」

「あの時こうすればよかったかもしれないって言い訳はあとからあとから出てくるけどさ、結果論でしかないしな」

「──遊、あんまり気負うなよ」


思い詰めている遊を元樹は優しく諭す。

お前は悪くないと。

仕方がないと。

それでも遊はそんな事では自分のことを許せなくて。


「と、言われてもな…最後のひと押しは俺がしたようなものだし」

「これからどのようになるにせよ、最悪な事態にならないようにしたんだろ?じゃあ、最悪にならずに済んで良かったじゃねぇか」

「もっと上手くやれたらなぁ」

「それも結果論だろうが。誰も未来のことなんてわかんねぇよ。ましてや俺らは一介の小学生だぜ?」

「俺にも小野瀬みたいなカリスマがあれば、少しは違ったのかな」


遊は何処までも後ろ向きな発言をする。

今更ながら、自分のしてしまったことの重大さを噛み締めている。

あらかじめ覚悟はしていた筈だ。

しかし、その覚悟も本物の責任という重圧の前にはちっぽけなものだった。

一欠片の勇気にすらなりやしない。


「ないもんは仕方ないだろ。持ち札を切るしかねぇ、それに叶依は今日以降我儘を辞めるんだろ?じゃあ、あいつがこれからも孤立するっていう最悪は無くなるじゃねぇか」

「本当に、そうなるのか…そう思うと不安になるんだ。もし仮に、小野瀬が叶依のことを受け入れることが出来なくて、叶依に生きる目標がなくなったらって考えるとさ、怖いんだ。あいつ、目を離した瞬間にフラっと姿を消しそうで。そうしたら、俺は俺を赦せなくなる。自分の手を汚してしまったって…怖くなるんだ」

「小野瀬が禍根を残すような、手酷いフリ方をするとは思えないが…。状況が状況だしな。どうなるか分からない以上、俺達には、待つしかないさ。当事者の幸運を、幸運の女神に祈るしかないな」

「幸運の女神に引かれる後ろ髪がある事を祈るばかりだな」

「ま、そうだな。さて、バス停に行って待ってる千佳ん所に行くか」

「あいつもうバス停にいるのかよ」

「俺が先に行けって言っといた」


そう言って元樹は廊下を歩いていく。

その背に続こうとした時に。

ビキィ!

不意に豪快な音がして、何処かで何かが壊れる音がした。

音のした方を見ると、空間に亀裂が入っている。

まるで、目の前のスクリーンにヒビが入っていくかのような割れ方だった。

それは轟音と共に面積を増し、やがて空間を消しさらんとしていた。

そして、黒に収縮して行く。

それは辺りを無差別に飲み込み、遊に迫ってくる。

遊には、何も出来ない。

ただ黙ってそれを受け入れることしか出来なかった。

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