第12話 孤独の理解者
とある哲学者であり、教育学者でもある人はこう言った。
「青年ほど、深い孤独のうちに、触れ合いと理解を渇望している人間はいない」
でも大抵は本心を曝け出す事によって取り返しのつかない事になることを恐れ、それを口に出せずにいる。
それでも人生は続くからと青年は自分たちなりの結論を導いていく。
自我の目覚めを体験し、
自我の目覚めとは自分を周りの世界から切り離し、独自の主体存在として発見し、理解して、向き合って、取り込むことである。
それにより発見された内面は善と悪や快や不快、強さ弱さ、愛と憎しみ、尊敬と嫉妬、自信と不安、美しさと醜さ、利己と利他など相反したアンビヴァレントが存在している。
それに忌避感を感じ、目を背けたい感情を抱くが、同時に自分という存在の意味を探求する絶好の機会であり、アイデンティティの形成に欠かせないものだ。
そのような意識体験を通しながら青年たちは永らく追い求めていた自分を認め、必要としてくれる存在を見つけ出す。
それが友情であったり、趣味であったり、恋人であったりする訳だ。
ではもし仮に青年よりずっと前のそれこそ少年の始まりから自分を押し殺し続けたらどうなるだろうか。
余程人間らしくない、きっと幼いうちから
(なんか、寒い。それに怖い)
それが唐突に生じた苛烈な感情だった。
例えるなら真っ白なキャンパスにいきなり赤などのどぎつい原色の絵の具を垂らすような。
場面をぶつ切りにスキップして強引に繋げたような。
空っぽになった肺に空気を取り込み、息をしようと水面に浮き上がるような。
そんな感覚で飛び起きる。
どうやら駅のホームの青い椅子で寝ていたらしい。
周りは薄モヤに包まれてはいるが周りくらいはわかる。
新幹線などが走っていそうな三面五線形式の駅だ。
最初は二面三線形式かと錯覚するがよくよく目をこらすと後ろにも同じような作りがある。
対面のホームまでは微かに見える程度だが、人はいないようだ。
「なんか、とてつもなく不気味だな」
遊が駅のホームに来るためには改札を抜ける必要がある。
しかし彼は定期を持っていないし、今日に至っては財布すら持ってきていない。
しかも学校帰りだったというのに見覚えのない服装で座っている。
これは言わずもがなアレだろう。
白昼夢と言うやつだ。
「それにしても、どこだここ。霧?蒸気?なんだこれ」
濃い霧の向こう側からブォォォっと気体がものすごい勢いで吹き出す音――おそらく蒸気――とガタン、ゴトン、と新幹線でも、リニアモーターカーでも、今普及している列車でも無い、それどころか時代を逆行し、機関車のような音が聞こえる。
間違いなく蒸気機関車の警笛であろう。
かつて資料館で見たモクモクと煙を登らせて走る光景が瞼の裏側で鮮明に移る。
逆にこれ以外にこのような音を出し、かつ線路を走る乗り物を遊は知らない。
しかし、それはおかしい、と遊は思う。
蒸気が煙る未知の都市。
ここは文明が発展しているのか衰退しているのかは知らない。
しかし今更ながら蒸気機関車を走らせるなど非効率極まりない。
そもそもこの国はどこにあるのかは知らないが、遊の住んでいる国の支援を受けているのであれば、少なくとも電車くらいのテクノロジーは提供されているはずだ。
されていないのはもちろん、そこまで文明は発展している筈がない。
「こんなの―――ただの夢じゃないか」
そう言って上に吊り下げられている電光掲示板を見る。
『在地 主体性の芽生え→次の駅 自分の』
と文字が流れていく途中だった。
文字は途切れているが現在地が『主体性の芽生え』
現在地名が地名ではなく言葉だと言うのがもう現実ではないことをありありと示している。
その名付けになにか意味がありげな名前ではある。
そこが引っかかり、首を傾げる。
「なんだ?主体性の芽生えって。倫理か?」
そう言えば今日の授業はそんな話をしたようなしていないような、と。
ということはそれに影響されてこんな夢を見ているのだろうか。
「えぇ。結構気にしてたんだな。関係ないって思ってたんだが。元樹に影響されたのかぁ?」
頭を抱えながら叫ぶ遊。
そこに線路と車輪がブレーキによって擦れる独特の音を響かせながら蒸気機関車が到着した。
ギィィィイっと火花を散らしながら徐々に減速し、遊の目の前の黄色い線の先で完全に止まる。
はっきり言って違和感しか無かった。
ホームは最新に近い世代なのに、乗り物だけが時代錯誤なのだ。
しかも乗ろうと駅に突っ立っているのは遊一人。
機関車から降りてくる客もいなさそうだ。
遊は興味本位で乗車口に近づいてみる。
すると、霧で見えなかったが、その乗車口の二、三メートル後方に小さい男の子がいた。
ムスッとした表情で入口を睨んでいる。
その横顔に見覚えがあった。
「も、とき?」
背丈は違う。
遊の知っている元樹は背丈は遊とそう変わらず170後半くらい。
しかしその少年はいくら高めに見積っても140あるかないか。
表情も知っている元樹は笑顔を絶やさず、いつも余裕があるような、悪くいえばへらへらしている人だった。
しかしその少年はどこか張り詰めているというのか余裕らしい余裕が一切なかった。
でも、何故か横顔に元樹の面影がある。
微かに、ではなく確実にありありと。
雰囲気は違えど表情を変えて年齢と身長を小さくしたら多分、そっくりなほど似ている。
観察をしていると、その元樹そっくりな少年はそのムスッとした顔のまま蒸気機関車に乗っていった。
咄嗟に呼び止めようとしたが、完全に蒸気機関車の車内に入っており声を上げても無駄だと悟り、どうせ夢だからと遊も蒸気機関車に乗り込んだ。
中はなんというかグレードダウンした新幹線だった。
まぁこれが作られた時代が時代だからと納得のいく出来であった。
だからこそ、この骨董品が何故走っているのかさらにわからなくなったが。
木製の型に青いクッションを敷き詰めた簡素な座り心地はあまり良くなさそうな座椅子は左右にあるが、個別ではなくソファのように一体化していて、向きが金具で固定され、後ろに回転することも出来ないようだ。
もしそこに長時間座っていたら臀部が痺れるように痛むだろう。
天井に付いている照明は霧で太陽の光が届かない車内では唯一の光源だった。
照明で照らされた車内には誰もいない。
車内は車掌も乗客もいないのにとても清潔に保たれている。
塵一つ落ちていないのではないだろうか。
座席の上の荷物置き場にも何も無い。
人の乗車した気配すら無い。
これはこれで状況さえ違えば中々乙なものだろう。
いっその事美しさすら感じたかもしれない。
心がキュッと締まるような、それでいて安堵と寂寥感に包まれる感覚がした事だろう。
しかし残念ながら不気味さは助長しても、安心感は全くなかった。
心臓は早鐘を打つことは無かったが、嫌な汗が背筋を伝う。
第六感とも言うべき感覚がここは恐ろしいと音を上げている。
ただただ不気味で奇妙で摩訶不思議があるだけだった。
不気味なれど遊の足は勇む。
ゆっくりと確実に。
全ての要素を吟味して、舐めまわすように見ていく。
「―――――。――――――。…おいおい。――――――。―――――はぁ。――――何も無い。なんだこれ一車両丸ごと椅子だけの空間かよ」
そこは虚無だった。
座席があると言うだけの虚無。
空虚な光景であった。
背景に過ぎない。
背景は何も語らなかった。
車窓から見えるのは白い実態のない壁。
実態がないくせに、超えることが出来ない。
面影のある顔を探して、次の車両へと移る。
次の車両も前のものと内装は同じであったが、決定的な違いがあった。
疎らだが人が居たのだ。
人型だが半透明で黒い影のような存在を人と定義したのなら、だが。
手前の方が人が多く、また黒い色も濃い。
人種はと言うとコーカソイド型の人物もいるが少数で、モンゴロイド型の人が多いようだ。
その中でも
年齢は様々だが働き世代ぐらいの大人が多いような気がする。
次いで小学生ぐらいの人。
それぞれの人が和気藹々とはいえずともボソボソとなにか言葉を交わしている。
子供はと言うとそんな大人達のそばで静かに座っているか、ぼんやりと白く染まった車窓に頬杖をつくか、子供同士で固まっているかしている。
音を立てているはずなのに死んでいるかのように、静かだった。
音が死んだのか、耳が死んだのか、世界が死んだのかは分からないが、世界がセピア調になったかのように活気や生気というものが感じられない。
自分以外が全て同じで、自分だけが排斥されている気がした。
孤独の理解者とは自分一人だと言うことを知った。
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