第45話 向き合う勇気を一欠片
自分と向き合う。
人は時にこれを軽く言ってのける。
しかし、表層だけを撫でても意味が無い。
醜いものから目を逸らすことは至極簡単なのだ。
向き合うことの方が何倍も難しい。
振り返れば己の行いをもう一度思い出してしまうから。
振り返ること自体がもはや耐えられない。
一度見てしまえば囚われっきりになるかもしれないが、見ようと思って簡単に見えるものでもない。
何故ならば人間が隠す生き物だから。
他人にも大切な人にも自分にも。
轍を砂を蹴って埋めてしまうように。
隠して隠して隠し通してなかったことにする方が双方にとって良くはなくとも楽だから。
知りたくない部分を知って失望することも、見放されることも、嫌悪する必要もないから。
だからこそ人というエゴの塊は自らを完全肯定されることを望む。
だからこそ全てをぶちまけられる存在を求め続ける。
だからこそ全てを打ち明けて尚も認めてくれる存在に好意を抱く。
──こんな
自己肯定感が低い人ほどその他人の評価に依存する。
賢い者ほど、自らが判断を下すだけでそれは言い訳と取られてしまうという事を意識しているから余計に忌避する。
けれども、人とは強欲で、他人の答えが自分の求めているものとは違うと、失望したなどと抜かし始める。
自らの出した結論が正しいという後押しが欲しいだけなのだ人という存在は。
だから一件客観性があると思える意見でもその実自身の都合のいいように解釈してしまっているものだ。
つまり自らを探求する行いはもっともっと奥深くまで自分に没入して、知りたいことも知りたくないことも全て客観的に知覚して。
そして初めてそこに自分の感情の介入する余地がある。
まずは公平に物事を見返してみて、それでから言い訳に似た理由付けが始まる訳で。
例えば最初から感情剥き出しの反論など、感情論と切り捨てられて、同情も情状酌量も貰えない。
具体的に言えばそこにスーパーから弁当を盗んだ犯人が現行犯逮捕されたとして。
その犯人が供述の段階から金がなかったから盗んだと言うのと。
一度事件の関係が洗われる取り調べで金がなく困窮し、食べるものも尽き、致し方なく盗もうとした、と言うのと。
その本人に本気の反省があるとして。
罪悪感と自罰的な後悔が渦巻いているものとして。
どちらが第三者からの同情が貰いやすいだろうか。
そしてどちらがその後自分を許せるだろうか。
「感情論の話はしてない。そんなの俺たちが一番知っている。だからこそ俺たちの話し合いには客観性が必要なんだ。…自分のしてきたことを改めて認識するために」
「…今更、何を後悔したって意味が無い。謝って済むなら警察はいらないんだよ。過ちを認めて進めるなら苦労はないんだ。振り返れば、奴らがいる。…俺を責め立てる
もはや逃げ出した者には取り繕う余裕もないのだろう。
尤もらしい理由付けすらも満足に出来なくなり、不気味さも薄れた。
先程までの向き合っていた者が感じていた気色悪さも鳴りを潜めた。
「だからって謝らなくていいことにはならない。自分で過ちを認めて、自分で罰して、それでも尚も許されないならその時は裁いてもらえばいい。何もしなければ追いつけないだけだ。二進も三進も行かないなら退いてみるのも勇気だぞ」
「…退くも、勇気か」
「例えお前を誰も許さなかったとしても――俺がいる。俺はお前でお前は俺。塚原遊なんだから。それでいて、俺は俺でお前はお前。孤独じゃない。もう、いがみ合いもしない」
「……。俺も、ひとりじゃなかったのか…誰もが俺を置き去りにした訳じゃなかったのか…」
そう言ってあどけない少年姿の遊は上を見上げたっきりになった。
それを、微笑ましそうに成熟した遊がみていた。
確かに高々十数年生きただけの人間の言葉だったかもしれない。
けれどもそれで救われる存在も居ることを忘れてはならない。
一言では伝わらないから様々なアプローチを試す。
一言じゃ伝えきれないから多くを言葉にする。
自らのエゴの押しつけは、確かに一人の少年の心に響いたのだった。
「つまり、俺は…父親と親友を連れ去られて追い詰められていたうえに親友だと思っていた存在すら消え去ったと。ん?でも時系列がおかしいか」
「あぁ。父さんが連れ去られて、結衣が現れた。でもって小学生に上がって、アイツらと出会ったわけだ。それで、中学の卒業式を間近にして、千佳も目の前で連れ去られた。特大の魔法を喰らってな。幸い
訥々と語るその口から断罪が刃として背にささる思いだった。
確かに遊が全て悪いとは十人が十人言わないだろう。
しかし遊としては逃げたという事が信じられない事実であり、全て遊が悪いのと変わらない気持ちだった。
いっその事そちらの方が開き直れてよかったのかもしれない。
しかしいくら願ったところで過去は変わらない。
過去が
だからこそ、昨日に誇れるように、明日は立派になるように人は努力を重ねるのだ。
「そう、か所々でお前の言葉と俺の
マジかよ、と頭を抱える。
想定していたより、詳らかに明かされる現実は非常に無常だった。
慈悲も情けもへったくれもない言い訳もできない地獄。
その前には非力は阿鼻叫喚をあげてのたうち回るしかない。
それでもなお、向き合うことはまさに勇気を持たざる者にはできない所業だ。
極一部の限られたものが持つに相応しい役割だ。
挫けずにひたすら欠点を認め続けるその忍耐は賞賛に値してもいい。
きっと誰もが出来ることではないから。
「大丈夫だ…お前から記憶が消えても、俺の記憶がある。大丈夫…お前は直に思い出すよ。なんせ俺はお前だからな」
「俺の記憶…そうだな…俺たちは塚原遊、だからな…どんな辛い現実でももう決して挫けない」
「まぁあからさまに凛華とかいない当たり、現実は相当堪えたらしいな。でも、理想はあっても幸せは見つけられなかった。まぁ…連れ添った仲間がいなくなるのは、寂しいよな。でも逃げるのはいただけない」
絶対、と言葉通りに感情を込めて言う。
必ずそれを実現させる為に。
自らを戒める目的で。
「…。絶対に、千佳と父さんを連れ戻す」
一拍置いて放たれた言葉には絶対の揺るがぬ心情の遂行が示されていた。
その言葉で、いつしか抱いていた不安と胸に巣食っていたドス黒いナニカは払拭されていた。
願いとは口に出す物だと言われたような気がした。
それだけで人は辛い現実に向き合う覚悟が備わると、そう教わった。
だからこそ始めよう。
裁きの時間を。
己の浄罪を。
贖罪とエゴの晒し合いを。
「俺も同感だ。あぁ、で、話を戻すがお前はあいつらに抱いていた劣等感を裏返しに好き放題暴れていた、と」
その裁く言葉に少し、怒気が籠った気がする。
戻ってきた酷く重い空気に耐えかねて遊は押し黙る。
しかし黙っていればそうだと言っているようなものなので、どもりながらも否を返す。
怒気に少し当てられたのは遊の中だけの秘密だ。
「…?いや、夢の中じゃ…いや今も夢だけど、相変わらず?追いつけないなぁってずっと思ってたが」
先程までの拒絶反応はどこへやら。
素直に質問に答える遊。
遊もその遊の態度に嘘が見つけられなかったのか拍子抜けしたように見える。
怒気がオーラとして見える人がいるならばのならば今は完全に消え去っているのがわかるだろう。
代わりに立ち込めたのは困惑の気配。
どうやら想定していないことが起こっているようだった。
「…そうなのか?もしかしたら
早とちりだったな、と首を振る。
「…あいつは、いっつも俺という人間の立場じゃなくて俺を見ている立場での助言をしてくれてたんだな…もしかしたら、あいつらの言葉を俺に届けてくれていたのかもしれない。実際、本物の千佳に会ったような…気がして…今思い返して見ればあいつが見せてくれるのはいつも真実だから。それが段々怖くなっていったんだな…真実に近づいていくから。だから拒絶してしまって…」
「そう、だな。俺もこうして偉そうに裁いているが、俺がやっていることの何倍も苦しくて辛い役目だよ。人を傷つけてまで救うっていうのは」
「そんな、恩人に俺は…」
酷いことをしてしまったと。
後悔してもし足りないとばかりに嘆く。
後悔先に立たずとい言葉をこれほど恨んだのは何時ぶりだろうか。
自分の愚かさを呪ったのは何回目だろうか。
遅すぎる後悔に反吐を吐くような気持ちを手に爪をくい込ませることで無理やり止める。
思考を痛みで掻き消す。
感傷が退廃的で道徳を欠いた思考を修正したのにも今は目を瞑って。
今遊がすることは。
裁きと偽る己への支援を打ち切る事ではなく。
塩を送ってくる相手への感謝をし、その者の期待を裏切らないことだ。
だからこそ、ここに置いていくのは。
ありがとうとそれに続く感謝の言葉の乱射だけだ。
「ありがとうな
そう言って辛い現実から逃げてきた遊は現実へ向き合うために走り出した。
現実を受け止めた遊は去っていく背を見ながら独りごちる。
「そう。今は他人からの裁きとか考えている場合じゃない。必要なのは自信だ。揺るがない絶対的な後押しだ」
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