第36話 彼らの夢

自分の知らない何かと向き合うことは大切だ。

昨日から順に遡って行き、いちばん古い記憶まで隅々まで思い出しても知らないことなどごまんとある。

親しい間柄でも知らないことはある。

本人に自覚があるかないかは関係なしにそれは存在している。

人は必ず他人には明かせない秘め事の二、三個はあるはずだから。

誰にも秘密にしておきたい、言うなれば墓場まで持って行く覚悟をするようなことが。

逆に親しい間柄だからこそ語れない辛い記憶と言うやつも人によってはあるのだろう。

その地雷を上手く踏み抜かずにかつ迅速に遊は過去を探らねばならない。

こっちの世界『パラレルワールド』(と仮に呼称する)が元いた世界『リアルワールド』の史実の違いは魔法の有無だけで明らかだ。

だとすれば千佳が亡くなっているというのも納得がいく。

いつかの選択肢を選んでいった結果、このような世界になっていったのだろう。

誰かが発した一言が、くしゃみのひとつが、足音のひとつだって息遣いだってそれだけで未来を左右する。

違う歩みを辿ってきた世界ならば遊や友人の過去もまた変わっている可能性がある。

まずはそこを辿らねばならないだろう。

これまでの事を振り返ってみると過去を振り返ってきた。

つまりここでも過去を思い出す、または修正をすれば事態は解決すると考えたのだ。

気になったフレーズはひとつ。

元樹が言っていた『夢』。


「あぁ、そういえば夢といえばだ元樹。お前の将来の夢ってなんだ?」

「んあ?何わかり切った事を…。俺たちの夢っていやあれしかないだろ。今も昔も変わんねぇよ。お前が想像してる通りだ…恥ずかしいな言わせんなよ」


常識と言わんばかりに語る元樹。

どうやら彼にとってそして遊にとっては既知の事実らしい。

もし、過去が書き換わって居ないのならば彼と交わした将来の夢は確か小学校低学年時代だっはずだ


(あれ…?あいつ確か朝のヒーローもの『ワルイコトイケナインジャー』になりたいとか何とか…?ん?え?…ちょっと待て…今も昔も変わらない!?わかりきっていること?……俺の想像通り?え?)


困惑し始める遊。

困惑のあまり動揺を隠せず、上擦った声で応えてしまう。


「あ、お、おう…そうだな、うん…。いい夢?だと思うぞ」

「お前も一緒にに頑張るんだぞ?」

「え!?いや、いやいや、え、ちょっと待て…いや正直、無理」

「ちょっと待ってください!遊君、そんな簡単に諦めないでください。私も、同じ夢ですから!一緒に叶えましょう?」

「…はい?」


さらに混乱を深める爆弾発言やばいことが叶依から飛び出した。

視覚外からの黄金の右ストレートがクリーンヒット。


「むぅ、なんですかその反応…。私、傷ついちゃいますよ?そういうのは男の子の専売特許じゃないんです!」


大きな声で強調しながらグイグイと迫ってくる叶依の迫力に後退りしながらも適当に頷く。

そして頷いてからはたと気づく。


(!!!??え、えぇ…叶依、も?ヒーロー志望…?誰か今までに止めなかったのかよ…。あぁでも魔法なんてあるような世界だし価値観が変わってても変ではないか。なりたい将来の夢が正義のヒーローでもあっちで言う社長になりたいとか言ってるみたいな感じとか。魔法っていう特別な才能を持ってないから余計に支持されてるとか?逆境効果って奴か?)


「まぁ、その頑張れよ」

「やっぱり遊なんか変だな」

「だからそれは口が酸っぱくなるほど言ってるだろ。魔法なんてない世界から来たんだってさ」

「いや、ありえない」

「信じ難いですね」

「なんでだよ…魔法の方がよっぽど摩訶不思議だろうに。てか魔法で別世界線の俺が来たとか考えないのか?」

「そこ、どうなのでしょうか?私的にはありえないよりのありえそうなのですが」

「…魔法を使ったことがないから確信はないがその説で行くなら高確率で個人の仕業ではなくて団体の仕業なんだろうが…」

「魔法の知識すらろくにない一般人を呼び出すなんて考えられませんよね…巻き込まれたと考えても同じような境遇の人の噂も聞きませんし、遊君一人を狙い撃ちでもしない限り難しいんじゃないんでしょうか?」

「じゃあどういう説なら二人とも納得が行くんだよ」


すると二人は顔を見合わせて言う


「そんなの」

「ひとつですね」

「それは?」


問いかけに対して吐き出されるのは阿吽の呼吸。


「「昨日、記憶操作の類の魔法をかけられた説」」

「それも犯人側にどういった意図があるんだよ」

「魔法の効果を試したかった…とか?」


話が振り出しに近い場所に戻る。

所詮、今ある情報ではあやふやすぎてこれといって絞り込めない。

故に三人の出した結論はひとつ。


「これは過去の話をして思い出す?知ってもらう?ことをしながら真実確かめないとな」

「幸いなことに休日に記念日が続いて六連休ですもんね」

「六連休…?長いな。てかいいのか?そんな変なことに貴重な連休使って」

「良いも何も親友の頼みだしな」

「遊君水臭いですよ」

「ありがとう」


素面で恥ずかしい事を堂々という二人に照れくさくなりながらも感謝。

幸せな空気が辺りを撫でる。


「で、どこから一体わかんないんだ?」

「もしかしたら馴れ初めから俺の記憶と違うかもしれない」

「馴れ初めってめっちゃ重要じゃん」

「ええ?意外とどーでもいい事だから忘れそうな気もするけど」

「あんな衝撃的な出会いを忘れるなんてお前は鳥以下だな」

「なっ!テテ、てかじゃあ叶依は覚えてんのかよ?その事」

「さぁ?だって私その時多分いませんでしたし」

「え、居ないの?てっきりずっとくっついてるもんかと」

「んなわけ…お前が切っ掛けだぞ俺も、叶依も、……そして千佳も。


その言葉に違和感が芽生える。

とびきり強力な。


「四人…?六人じゃなくてか?」

「六人…?小学校からのつるみだぞ?」

「あぁ、だとしたら尚更…あと二人いるだろ…?

「ゆい?りんか?すまん、知らない…あったことないと思うが…叶依は?」

「私もないです…ね」


自分にとっては当たり前の事が二人の記憶にすらない。

二人にとって当たり前のことが自分にはわからない。

優秀で人格者な二人の事だからあった事の実際に会って言葉を交わした人は覚えているだろう。

名前を知らない人はこの人か?と尋ねてくるだろう。

つまり、二人はあった事すらないということなのか。



感情容れ物に安心と慢心で溜めて、不安を意図して零す。

不安という感情の侵入を許さない。


「やっぱり俺の記憶と違うな」

「あぁ、お前はこんなに不快なジョークを言わないしな。嘘をついてる様子もないし、本格的に何かがあるって事か」

「そうですね、遊君はそんなことしません!」

「断言出来んのかよ…」


口では呆れたように振舞っているが内心遊は満更でもなかった。

そう、心の底から嬉しかった。

姿姿

こんな自分を、弱い自分を、挫けて諦めようとしていた自分をそれでも信じて肯定してくれる。

これほど嬉しいことは無かった。

別に相手に依存して生涯尽くすとか使役される事に喜びを感じている訳でもない。

ただ純粋に自分を肯定してくれているということに普段の友情は偽りではなかったと安堵したのだ。

口ではなんとでも言えるが、こういった行動の節々で相手のことをどう思っているかが出る。

いくら注意をしていようがふとした瞬間に対応に差ができる。

機能している『心』という器官がある限り、何かに対して何かしらの感情は感じるのだから。

それはどんな人格者でも同じで、人類史上劣悪非道を貫いてきた犯罪者と自らの最も親しい人物とを天秤にかけられどちらかを選んで救えと言われたら悪人は言わずもがな聖者でも仙人でも神も仏も後者を選ぶだろう。

もし、それでも命の価値は平等だと抜かすやつがいるのならばコインの表裏で決めればいい。

それができるのは本当に『心』というものがないやつだ。

そんな些細なことに一喜一憂して、充実を感じる遊に果たして彼らの夢を共に観ることは叶うのだろうか。

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