不退転の決意

第35話 傷ついても走り続ける凡人

昨日の決意の後、帰宅した遊は決意前の軟弱な姿が嘘のようになっていた。

それどころか長年の悪夢に悩まされた日々が終わったかのようなスッキリとした表情をしていた。

時刻は朝方。

いつもより断然早い時間に学校の登校を果たした遊はいつも走っている廊下を余裕を持って歩く。

前までの遊は活発とは言いがたかったが、今はそこらで咲く笑顔が眩しいぐらいに活動的だ。

幾分か言葉遣いも優しい。

普段はもう少しムスッとしていたと自分でも自覚しているので気持ち悪い。

でも気分は吹っ切れたようで清々しい。

人は思いひとつでここまで変われるものなのかと遊自身も思うほどに。

廊下で生徒や先生にすれ違う度に挨拶をしているのだが時たまギョッ!とした顔をされることもある。

中には疑心を抑えきれず彼に疑わしい顔をする者もいる。

さすがに偽物だ、なんて大っぴらに騒ぎ立てる無礼な輩はいなかったが。

学園の七不思議が八不思議に増えるくらいに奇妙な出来事だった。

だが遊はそれを見て苦笑するだけだ。


(確かに昨日まで金髪でピアス開けた不良半歩手前みたいなやつがいきなり坊主で渦巻きメガネ、必勝の鉢巻姿だったらこいつ本物か?って疑うわな。これもそれと同じなんだろうな。他人の目からどう写っていたんだろう。嫉妬はされていたように思うが。ショックだなやっぱ。あからさまな悪意じゃないから余計に質が悪い)


それがより一層彼の苦笑を深める。

でも泣き言も世迷言も言ってられない。

それに彼も友人たちに嫉妬と劣等感は感じていたので他人事ではないだろう。

彼らはそういう妬みや嫉みの視線など慣れているのだろうが慣れているのと受けるのが当然というのは全くイコールではない。

彼ら天才達も人間で、妬みや嫉みなどに揺れ動く心はあるのだ。

クラスの扉を開けるとロッカー付近に男女混合でたむろっている集団がいた。


「おはよう」

「あ、え、うん。おはよう遊君?」

「……。あぁ、おはよう遊」


クラスメイトですら少し笑顔で挨拶をした際にはタイムラグが発生する。

そこまで唖然とされるとやった遊本人も傷つくということには多分気づいていないだろう。

それほど衝撃的なことなのだ。

教室をズカズカと進むとある事に気がつく。


(昨日までと全く席が変わっていない…)


もし仮に昨日元樹が電話で言っていた通りに千佳が高校に入る前から既にいなくなっているなら席の数は必然的に少なくなるもしくは全く別の人を交えて席が変わっていなければおかしい。

世界の根本が変わったと言うより自分が迷い込んだという説が遊の中ではより真実に近づいている気がした。

すると窓際の自分の席に着くと元樹と叶依が近寄ってきた。

どうやら昨日の一件の真相を見極めようとしているらしい。


(荒唐無稽な話だけど信じて貰えると思って一回話してみるか。千佳を見つける手掛かりになるなら今はどんな情報だって欲しい)


それに彼らなら先程見た席と変わらずに元のままで居てくれると信じているから。


「遊、昨日一人でどこにいたんだ?」

「あぁだから、隣町だって」

「隣町って駅から上りの電車?あの魔法街?」

「魔法街かどうかは知らんが上りだな」

「やっぱりか…お前、怪しいヤツに変なものとか飲まされてないか?魔法掛かってないのか?大丈夫か?」

「魔法って魔法…あれだよな?手から炎出たり雷出たりするやつ。こう…ビビビーとかボォーみたいな」


そう言って遊は奇天烈なポーズをとる。

周囲からは残念なものを見る視線を頂戴した。

若干赤面しつつも今のやり取りを誤魔化す為に咳をして強引に話題転換を図る遊はそうだろ?と手振りで示す。

それにため息をつきたいかのような表情で元樹が応じる。


「…何を当たり前のことを言ってんだこのバカは…。やっぱりバカはバカか。いつもと変わらねぇな」

「いやいやいやそっちの常識持ち出されましても。てかお前が天才だからって俺を見下してバカバカ言うんじゃねぇよ」

「話にそっちもこっちもあっちもあるか。それともなにか?魔法がない世界から来ましたアピールか?」

「元樹…お前…今、なんつった?」

「あ?だから、魔法がない世界から来たのかってバカにしてんだよオタンコナス」

「そっれだ!!!」

「…はぁ?」

「そうなんだよ!それなんだよ元樹ィ!!俺は魔法なんて奇天烈お下劣アッパラパーなんてもんは信じちゃいないんだよ!ありえないよなぁ!?そんなファンタジーな代物。…まぁ確かにココ最近は魔法なんて言葉で片付けてしまいそうな出来事ばっかだったけどな。変な場所に飛ばされるわ、忘れた過去と向き合うわ、喧嘩するわ、そして終いには魔法の世界だなんて…置いてけぼりも大概にしろよ!!!…あ〜にしても理解者がいて助かったわァ…お前なら気づいてくれると信じてたぜ親友!!そもそもとして――」

「―――ちょちょちょっと待ってください遊君。一旦落ち着いて…。さっきから言ってる事が訳分からなすぎですよ…?」


さすがに看過できない事態だと思ったのか静かにことの成り行きを見守ってきた叶依が会話に割り込みをしてきた。

彼女が取り乱すなど滅多に見られるものでは無い。

それだけ今の遊が異質だと言うことだ。


「うーん、つっても俺は魔法なんて昨日初めて聞いたし。てかなんなら昨日魔法っていう超常的なパワーに気づいたし」

「確かに私たちみたいな人間にはそんなに関わりがありませんが…それでも初耳は充分におかしいですよ?箱入り娘でもそんなことにはなりません。魔法という便利な物を使わない生活なんて。まぁ私たちノーマルはほんの一部しか恩恵に預かれませんけど、それだって科学の進歩と同じく革命的なんですよ」

「のーまる?…つまり魔法は使える人と使えない人がいると?」

「そうだ。俺たちが使えてたら多分、養成学校に通ってその才能で生きていくことになってただろうな。使えるなら便利だぜ?今のご時世何をするのにも取り敢えず魔法だ。そんぐらい今の世の中じゃ大事なんだ。魔法っていう読んで字の如し力は」

「なんやそれ格差社会じゃん」

「いやいや、そりゃ人と人が交わるんだからどうしても価値とか才能の差は出るだろ。よしんば魔法なんてなかったとしてもどうせキャリアとかで差はつくんだろ。それが魔法だのっていう努力でどうにも出来ない領域に突入しただけだろ」

「随分と強かだなぁ」

「魔法がなかったらなんて寝言も言ってらんねぇしな。魔法が使えたらって言うイフも言ってらんねぇ。それに魔法だってひとつの手段にすぎない。目標達成夢を叶えるする道は魔法ひとつじゃない。…いつか俺らの夢を叶えるんだろ?」


心から吐き出されるその言葉はほんの小さな後悔も捨て去っていた。

遊はその言葉に安心する。


(どんな事態になっても…。いやか?こいつらはやっぱり俺の先にいる。追いつけなさそうで追いつきたくなる距離に)


魔法の才が無いとい事実に彼らは傷ついたのだろう。

それでも歩みを止めずに目的地へと走っていく。

目的地は彼らにしか分からないが、遊はそれでも彼らに付いて行きたいと思う。

天才らにしか見れないはず景色を自分の目で見たいから。


「夢、叶うといいな」

「ばぁーか。叶えるんだよ。自分の手で。夢を観てるだけじゃそのうち現実に覚めちまうよ」

「俺はお前らを追いかけるよ」

「…?遊君が引っ張っていくのでしょう?」

「俺らは一蓮托生だろ。舵取り誤るなよ」


そう言ってくれる彼らはどこの世界でも、どこにいても、隣に居るだけで暖かかった。

だからこそ欠けているのは我慢ならない。

夢に目覚めた遊はより一層固く誓う。

必ず、あの頃に戻してみせると。

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