第34話 決断と決意と決別と
結局遊自身に起こった現象は考えつかなかった。
正直な気持ちは諸手を挙げて降参したい気分だ。
「どうせ、俺なんか…か。言いたくないんだけどなこの言葉。今までアイツらを追い続けていた俺がバカみたいじゃないか。…でもさ、言い訳のようだけど一般高校生がいきなり魔法だ何だの世界に一人で放り込まれちゃなんも出来ねぇよ。普通の人なら『諦めよう』って匙を投げ出して、一緒に堕ちるんだろうな」
虚無を抱えながら行きとは反対側のホームから電車に乗り、終始無言で虚空を見つめながら帰路に着く。
心が鉛になったかのように重苦しい。
「はぁ…どうしてこうなっちまったんだ……」
精神的な影響なのか体が重い気がする。
それに血管に直接冷凍窒素を流し込まれているかのように全身が冷たい。
手先も震えて上手く動かない。
血が通っていないかのような錯覚に陥る。
心胆を寒からしめるは不安。
「…寒い。体の端から徐々に凍ってるみたいだ」
胸中は千佳と一緒だった行きとは正反対に何をしても、何も考えられないような感じがする。
思考に
隣に空いた空間に未だ慣れない。
視界の良い右側に少しも慣れない。
それに全てがどうでもいいような無気力感に釣られ、全ての物事が美しい色彩を失い、セピア色に褪せていくような。
それでも思考を続けようものなら問答無用で先程の押し問答が頭から離れず、気がつけば自問自答で二つの意見の平行線をずっと引いているだけだ。
曰く、たまたま状況が上手く重なっただけ。
曰く、証拠があるんだから認めろ。
曰く、また夢を見ているんだ。
曰く、皆が言っているから信憑性しかない。
曰く、魔法なんてありえない。
曰く、魔法があるからこそこんな事態になっているのだ。
この不毛な自問自答の事だけで一生涯を潰せそうだ。
「もしかして、何か現実改変が作用して俺しか違和感を感じていない…?事実、こうしてメッセージは昨日返信も来てるし…死んだことになっている?だとしたらなぜ……ああああ!!!分かんねぇ!」
他人にとってはくだらないが、本人にとっては今後を左右するような重要な事態。
転ばぬ先の杖を作る暇があったら転んででも先に進めと言われるかもしれないが一つのことに集中し始めると周りが疎かになるのが一般的な人間である。
いわゆる凡人。
否、周りをよく確認せずにに進むなど凡人ですらなく凡愚だろう。
愚物も愚物。
協調もせずにお荷物にしかならない存在を人間社会は良しとしない。
天賦の才能に見捨てられ、努力に忌み嫌われ、運に吐き出された敗者の吹き溜まり。
産まれたての子鹿のような存在。
何も出来ずに嗚咽を漏らす者、躓いて立ち上がれない者、復帰する気力がない者、我武者羅に進んで傷つくことを厭わない者、更に深くに落ちて進むことを諦めた者。
みな共通しているのは何かに挫折したということ。
このままいけばそんな存在に遊もなってしまうのだろう。
『諦めちまえよ、お前も。どうせあんな奴らとは一緒になれねぇよ』
『追いつけるつもりでいるの?背中も見えてないのに?』
『どうせ無理無理。俺らみたいな才能なしにゃ辿り着けない領域の話だぜ』
声が聞こえる。
堕落を誘う甘美な呪言が。
いつの日かの繰り返し。
バカに常識を教える恒例行事。
『もう認めちまえよ。全部、お前の妄想。出来事全て泡沫の夢。もうそれでいいだろ?頑張ってどうすんだよ』
「あぁそう出来たらな。どれだけ楽な事か」
『諦めちまえば楽だぜ?何も無かった。ただお前は気ままに日常を過ごすだけ。徒然なるままに没して行くだけ』
「あぁ…魔法どうこうでもう俺はおなかいっぱいだよ」
『突然、降り掛かってきた事だ。非日常だ。準備も知識もない。できない。無理。お前如きじゃ到底無理』
だが、彼は大事なことを諦めただろうか。
投げ出して無責任に他人に押し付けただろうか。
敗者に甘んじていただろうか。
追いかけることをやめていただろうか。
そして彼が挫折しそうな時、一度として周りに救われなかっただろうか。
記憶は時にして牙を剥くが、時として手を差し伸べる。
『見つかっちゃいましたね…。お兄さん、大事な記憶は見つけられましたか?大切な人は思い出せましたか?』
切っ掛けは些細だけれども、彼の足りない部分は周りの友人だちが補っていた。
足りない部分は補い合っていたし、長所は譲り合って活かしあっていた。
彼ができることは少なかったけれど少なくともいつの間にか周りには笑顔が溢れていた。
「元樹、千佳、叶依、凛華、結衣…お前らだったら、どうする?諦めるって選択肢はあんのか?」
彼らから齎される恩恵が凄すぎて自分なんかいなくても…というような自虐を言えるほどには精神的に安定していた。
不可能を可能にしてきた。
「俺は…俺は、アイツらと過ごした日々に戻りたい…馬鹿やって、笑って、最後には最高だって言い合えるあの日に」
いつも、いつもそうやって笑いあっていた。
だからこそ茨の森の道だろうが凍てつく夜の砂漠だろうが灼熱の地獄だろうが切り抜けて来たのだ。
それからも関係は変わらずに進化をし続けて来た。
『向き合ってやるよ!俺だって成長するんだ…過去に目を逸らしていたとしても、どんなに辛いことでも!俺は俺の思っている千佳を信じる!』
友人を追いかけ続けたら辛い過去に向き合わなければならないこともあった。
挫折してしまいそうなショックを何度も受けた。
自分も周りも真実も何もかも疑心を組み込んで考えてしまうようになった。
膝は付いてしまったけれどもそれでも彼の歩みは止まらなかった。
何かをする時に満足せずに妥協をすること。
自らの貫いてきたスタイルをかなぐり捨てて協調をすること。
己を殺すことを美徳とする世論に従うこと。
自分のしたかった事を諦めること。
それをせずに『ワガママ』をしていると周りは『子供』だの『ガキ』だのと遊を罵った。
だが妥協や己を殺すこと、諦めを知ることが大人になるということならば遊は一生涯子供でいいと思う。
なぜなら――
『だから大丈夫。あんたの傍にはいつも、私が、そしてみんながいる。嬉しい時は喜びを分かちあって、辛い時は悲しみを共に背負ってくれる大事な仲間があんたにはついてる。みんな先になんて行ってないのよ。あんたは置いていかれたわけじゃないの。だから恐れないで。そうすれば私が好きなあんたなら必ずやり遂げるって信じてるから。醜いあんたも立派な塚原遊そのものでしょ?』
――子供のように純粋な心のまま先に待っている人がいるから。
そう彼は追いつくことを諦めなかった。
だって彼が追いつくことを信じて前を進んでいく友人がいるから。
彼の友人以外が誘いかけようとも。
時には自分自身が甘やかそうとしてきたとしても。
そうなった時には甘言を蹴飛ばし、心配を踏みつけてでも彼は追い続けた。
ごめん、と心配してくる人に謝りながら愚直に追い続けた。
そんな経験からくる思い出に思考が冴えてくる。
「進めない。前が見えない。先に進めない。なんで進まない?何が俺を邪魔してる?」
原因を考える。
知恵熱が出て、頭が融解するほど頭を働かせる。
遊を邪魔をするのはいつだって至る所から飛んでくる『才能の差』や『凡人の限界』なんて陳腐な言葉の野次だ。
『どうせ』から始まり、『俺なんか』で繋ぎ、『出来ない』で締めくくる忌まわしい言葉。
無気力の体現。
周りの野次馬が好き勝手に自分たちの価値観で天才と凡人を見比べて感想を述べて、それがいつの日も彼を阻む障壁となっている。
夢や希望を目指して頑張る人に向かって唾を吐き、足をかけ、転ばせて、失敗したなと見下し、同じ沼に引きずり込むような輩も少なくはなかった。
そんな中でもげに恐ろしいのは周りにも同じことをしている人がいるからやバレないからとかこっちの方がみんな言っていて正しいという集団心理。
同調圧力と言い換えてもいいかもしれない。
凡人は天才や秀才に追いつけないから俺たちと一緒に出来損ないでいろ。
そういう無言の主張、甚だしい同調圧力。
実際に口には出さないが心のうちで彼を見てきた殆どの人が意識無意識関係あらずに思っているだろう。
もしかしたら同じだと思っていた人物が自分には無い物を持っていたことに嫉妬していたのかもしれない。
醜い感情を上手く隠しつつ目的を達成させるには一番妥当な手段だったのかもしれない。
しかし、その場面に直面した時遊はいつも思う。
「そんなことをいちいち気にしてたらアイツらと友達になんて…関わりを持とうだなんて思わねぇよ。自分が何も出来ない?あぁそうさ。いつも行動すれば後悔ばかり?あぁそうだ、その通りだ!そしてそのまま置いてけぼりを喰らう?もちろんそうだ。…でも俺は後悔して、学んでいるんだよ…もう二度と何もせずただ蹲っていることはしたくないってな!」
言葉にして吐き出すことで自らを鼓舞する。
魂に忘れまいと刻み込む。
遊はまるで烈火の如く燃え滾っていた。
心の奥底に渦巻く欲望も願望も劣等感もストレスもフラストレーションも怒りも悔しさも後悔も無気力感ですらも感情の燃料として炉に放り込んで燃やしていく。
「今度こそ周りに、社会に、いいや世界に。必ず証明してやる。俺が、凡人があいつらのような存在と並び立てると――あいつらの隣に立つ資格があるんだと」
いつか描いた夢を見るために。
強く、白くなるほど強く握った拳。
遊の目は毅然と静かに燃えていた。
理由は二つ。
一つは世界に証明をするため。
そして二つ目は
『大好き。早く帰ってきなさいね。待ってるから』
千佳と約束をしたから。
絶対に自分のあるべき世界に帰ると。
そんな大事な約束を破るわけにはいかない。
きっと必ず千佳が消えたこの世界には秘密がある。
だからこそ決別をしよう。
自身の弱さを逆手にとって狡猾に生きてきた自分と。
そうして決意しよう。
何事にも向かって行けるような強い自分になると。
最後に決断しよう。
――この摩訶不思議に終止符を打って自分の平和を取り戻すと。
ニカッと柄にもなく笑うと目的を口に出す。
吹っ切れたような顔はまるで好青年のよう。
「まず今の情報を収集しよう。あの時俺が言っていたことも気になるし」
また傷付くと分かっているのに。
それでも勇み足は止まない。
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