第33話 Missing you
ガシャン、ガコンと何かが揺れる音がする。
でもそれは聞きなれた列車の走行音ではなくて、二足歩行で歩く鎧――
両手には重そうな金属の箱を三個重ねてそれでも軽々しく人の間を器用に縫っていく。
その反対側は車体の長さからは信じられないほど滑らかに、かつ静かに停車した電車らしい物が。
困惑しながらも思えば、さっきまで乗ってきた電車をよくよく見ていなかったな、と遊は思った。
よくよく見てみると千佳と一緒に乗ったはずの電車は確かに摩訶不思議な力で動いているらしい。
まず車輪がない。
浮いているのだ。
上と下の線路に挟まれた列車が。
それも走り出す時には青白い光に包まれている。
そもそも電車が走っている道自体がさながらSFに出てくるような街にあるモノレールのように曲がりくねって交差している。
あれで走れているのはどう考えても異常だ。
自重で崩れ落ちそうな構造をしているのに全く落ちてくる気配はない。
公共交通機関はどれも謎テクノロジーで動いているようで車(のようなもの)は恐ろしく静かな駆動音だ。
ガスが排出されている気配もなければ、水素で動いているわけでも、電気で動いているわけでも無さそうだ。
型も豊富なようで、軽自動車のようなものからスポーツカーのようなもの、タイヤが多いもの、ないもの、飛んでいるもの、バイクのようなものまである。
そのうち三つぐらい集まって合体ロボでもできるのではないだろうか。
夕方の街にあたりのビルのネオンが近くの川に反射して眩しい。
今まで彼が通っていた学校があった地区はこの都市部の郊外だったので気づかなかったが、まず科学力じゃ説明できないことがいくつもある。
空飛ぶ金属の
それもネオンとかそういう類の光ではなくて自然ではありえないような光。
SF小説やよく想像される近未来そのものをそのまま持ってきたような光景。
そして街の広告塔から、喧騒から聞こえてくるある言葉。
『今回マーシャルマジック社から発表された新型魔法纏雷が――』
「あ、どうも営業の小林ですぅ〜。はいお世話になってますぅ。はい弊社と御社の共同開発予定のあの魔法の件なのですが…はい、少々――」
「なぁ健ちゃん!俺さ、明日までに風魔法を魔術レベルまで極めるから!明日勝負しよ、勝負!」
『今では古今東西で魔術は魔法の劣化版などと呼ばれていますが実際のところどうなんですか?』
『そうですねぇ…。これは魔法が発足されてから今に至るまで議論に議論を重ねてきた議題ですが、私から言わせてもらいますと…あぁまぁ、使い手次第ですので一概には言えませんが、魔法と魔術それぞれ単品の威力だけで言ってしまえば、魔術の方が強いんですよ。それならなぜ劣化版と呼ばれているかと言いますと――』
そこら中から聞こえてくる耳慣れない単語。
それを皆、なんでもないように聞き流している。
キョトンとしているのは遊だけだ。
この街中で、彼ただ一人。
それに今までなんの疑問も持たなかったのは誰かの陰謀でも世界の意地悪でも無く。
そんなに分かりやすく現れているのに、気づかなかったのは遊自身である。
自分の知っている環境は変化しない。
世界は普遍性で保たれている。
そう思って胡座をかいていたざまがこれだ。
世界には絶対なんてない。
世界には普遍性なんてない。
普段飽きる程見ているコンビニも、道も、公園の遊具ひとつ取ったって必ず明日存在している保証はない。
事実彼の常識は根本から間違っていたのだから。
そして、彼の隣にいたはずの少女もまた…。
「い、いや、さすがに、それは無いだろう。あるはずがない」
では彼女はどこに行ったのだろうか。
全くと言っていいほど心当たりがない。
行ってきたところは神社ではないが神隠しにあったと言われた方がまだピントくる。
まだ普段ならありえないと否定していることも今では納得もできる。
だが今の状況はそれどころの話ではない。
消えたのは彼女一人ではなく、彼の常識もまた忽然と姿を消した。
代わりにやってきたのはSF小説のごとき街並みと『魔法』などというファンタジー。
まだ夢を見ていると言われたらどれだけ嬉しいことか。
きっと思わずその場で万歳三唱してしまうだろう。
だってさっきまでの会話のやり取りが、暮らしていた世界が全て自分の妄想だったなんて絶対に受け入れられないから。
だから受け入れず、考えず、否定する材料を探すことに尽力する。
「いやまだ大丈夫だろ。委員長か元樹に心当たりがないか聞けばいい。…それにしても神社以外での神隠しなんてあるんだな」
ケータイを片手に遠くを見据えて呟く。
暫くのコール音を鳴らしてヘラヘラしている様な声音で元樹が出る。
『おう。どうした?女の子の引っ掛け方でも聞きたいのか?盛ってんねぇ』
「いやそうじゃない。急に電話して悪いんだが千佳からなんか言われてないか?どこにいるーとか俺はどこだとか」
『……は?』
「いやなんかいつの間にかいなくなっててよ。探しても見当たらないんだ。街に降りては見たけど訳わかんないことばっかりだ!」
『…遊。一旦落ち着け。お前は気が動転してるんだ。もう何年も前から……辛くて、とても悲しいが千佳はいないじゃないか』
「は!?一体どういうことだよ!…わかったお前らグルで俺を嵌めようとしてるんだろ?」
『遊、わかるだろ?俺は…死者をそうやって冒涜すんのは嫌いなんだよ。だからその話を掘り返さないでくれ。俺に説明させないでくれ。お前が責任を感じているのはわかってる。だからその責任から逃れるために現実を逃避するのもわかっているつもりだ。でもな思い出は美化するもんじゃない。きちんと正確に伝えることだ。死者の想いも全て汲み取って。それを恰もさっきまでいたかのように言うのは冒涜だ。勇敢に、そして敬意を表すべき行いをしていた千佳を貶めている』
「…俺には、お前が言ってることが理解できない。さっきまでの確かにいたんだよ!今日も学校で会話もしたんだよ!牛タンカレーを美味しそうに食べてたんだよ!軽口も言い合ったし、一緒に電車に揺られた!墓参りに行ったんだよ隣町まで!」
『違う、お前は一緒に行ったんじゃない。一人で墓参りをしに行ったんだ』
「もういい!」
『あ、ちょ!おいゆ――』
プツリ、と通話が切れる音。
ぐらりとその場に崩れ落ちる。
「うそだ、だってさっきまで傍に…いたんだ」
千佳に電話を掛けてみるが、虚しいコール音が街の喧騒の中に消えてゆくだけで出ることはなかった。
彼の呟きに応える者もまた、いなかった。
麻酔を脳に直で打ったかのように頭が働かなくなってくる。
視界が雫に侵されて歪んでいく。
いっその事この涙とともに拭い去ったら消えてはくれないだろうか。
「どうすればいいんだ…どうすれば。何をすれば千佳を見つけられる…?」
鼻が詰まって上擦った声で嗚咽を漏らす。
その言葉には呪詛と絶望しか載っていない。
麻酔を打たれたかのように思考力は鈍っているのに鈍痛が遊を襲う。
ズキズキと万力で頭を締められているかのような苦痛に悲しみと二重の意味で喘ぐ。
「…そういえば、意味もなく朝寝起きに泣いてた日もあったな。その日はぼーっとしてて千佳と痴話喧嘩したっけか」
遂に現実逃避気味に回想をしていると一つの線で謎が繋がっていく気がする。
「…あぁ、そういえば、あの日なんか不思議な夢を見ていたな。なんだったっけ」
すると頭の中に霧に包まれたようにその場面が浮かび上がる。
『いい?あの曲のコツはね…二枚目の裏の二小節目当たりをね――』
『あなたには無理ですよ。この子達を忘れているようでは、ね』
『――…どうして、そんな期待させるようなこと…ダメなのに、…消え…このままじゃ…悲しむ…もう……ない』
『見つかっちゃいましたね…。お兄さん、大事な記憶は見つけられましたか?大切な人は思い出せましたか?』
『ええ、じゃあまた夢で逢いましょう』
「違う、これは結衣の記憶だ!違う、違う、違う!!絶対に…そんなんじゃない」
そう言って記憶を取り戻したことで得た考察を否定する。
『うん、あっ!?その名前…私は早乙女千佳。あなたは…?』
『コロ助…?何それ、その子の名前?』
『えっ!ちょっと、こ、この子…コロ助をどうにかして!』
『大好き。早く帰ってきなさいね。待ってるから』
怒涛の勢いで溢れてくる夢の中の記憶。
忘れ去っていた…否、忘れさろうとしていた遺物はやはり記憶の齟齬と逃れられない現実を突きつけてきて。
「千佳が、交通事故で死んで…俺は全て忘れようとした?じゃあ結衣は…同じく死んでる…?だから俺に夢を利用して語りかけてきたのか…いやでも、なんで元樹達と会話していたんだ?」
憶測に過ぎないと言われればそれまでだ。
この完璧に事実に近いとされる憶測を誰かが声を大にして否定してくれれば、だが。
状況も証拠も記憶も全てそう考えると合致するのに果たして否定できる材料はあるのだろうか。
答えは限りなく否に近いグレーゾーンだろう。
持ち札は全て明らかにした。
できることは全てしてきたはずだ。
今、全てを思い出してきた。
結衣との再会も、千佳との離別も、自分との会話も、そして今まで観てきた過去の記憶も全てひっくるめて鮮明に思い出せる。
「どうすれば、いいんだよ…みんな、俺に、どうして欲しいんだよ……」
遊の胸にあるのはあるひとつの言葉だった。
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