第30話 非日常な光景とありふれた解決法と
一体どのくらいの時間待っていだろうか。
どのくらい待ち続けていただろうか。
そんなのはとうに数えるのをやめた。
数えるのを苦痛に感じなくなってきた辺りからやめた。
余計なことを考えている余裕も最早ない。
長い長い永久とも思えるような孤独に耐えながら外で息を潜めて待つ。
あまりにも現実感が無さすぎて、体の感覚すらも朧げになっていく。
恐ろしい孤独、圧倒的な孤独、そして何より静かな孤独。
遊はただ黙って獲物を待つ。
虚空を見つめる遊の瞳は段々とギラついて行く。
心は極端に虚無に近くなっていき、より一層静かに時を待つ。
心はどこまでも深淵に落ちていく。
深淵に底などない。
「―――――!!!」
何か遠くで聞こえた。
確かにそれは誰かの咆哮のような大声だった。
理性的ではないただの音。
相手を威圧することしか出来ず、理性的な事は一切含まれていない恫喝。
「―――――!!!」
殺意に渇いた雄叫びが日の元の時に晒される。
獲物を仕留めて、近寄って喉元を噛みちぎった時にあげる咆哮のようだった。
虚無の沼に浸っていた遊でさえ素直に怖い、と感じた。
その者と相対したらどれ程恐ろしいだろうかと身震いさえする。
でも不思議とこの場から立ち去ろうとは思わなかった。
例えここが戦場であろうが、怨霊が出る墓場だろうが、血の池地獄だろうが、怪物の舌の上だろうが立ち去ろうとしないだろう。
寧ろ嬉嬉として渦中に飛び込んで行きそうなほど気分が静かな興奮を見せ始めている。
感情的になることに今更臆病になって少し嫌気が差してくる。
今ならば一般人である自分も魔法が使えるような気さえする。
怒りだけでこの星丸ごと消滅させられそうだ。
いや下手をすると怒髪天を衝く勢いは留まることを知らず宇宙というものの果てにまで迫ってしまうかもしれない。
そんな怒りを行動力の燃料にくべながら立ち上がって駐車場から出る。
危険を承知でも進まねばならないから。
危険を冒さなければ本懐は
迷妄醜態総て曝け出して、すっからかんの脳みそでも分かる単純明快な理。
「――――」
口からは零れなかった怨嗟が、憎悪が、怒りが、恐怖が、卑しさが、醜さが、愛が――。
――今遊を動かしている。
同刻、廃工場前。
バンッ!という発砲音、ヒュんン!と鳴る風切り音、そしてそれがどこかに跳弾する音。
それが連続して聞こえる。
どこかで火花でも散っていることだろう。
辺りに無作為に弾痕を残しながら、しかし目的は達成してはいないようでまだ弾が尽きないのか繰り返している。
「クソっんな事あんのかい!窓から撃ち下ろしとかずるいやろ!壁を貫通してくれるなよ…くっそーおちおち中の様子も窺えへんやんか…ハンドガン?みたいな小型銃器やから弾幕の壁張られへんのが唯一の救いやな。全くこんな平和ボケした世界でどっから持ってきてんねん。今は魔法が主流やろ…取り敢えず撃ち落としたろか」
牧野組長は右手で指鉄砲を作り工場に向かって構える。
すると緑色の線が幾本も出てきて、渦を紡いでいく。
その光景は紛れもなく『風魔法で銃弾を創って狙撃する』という光景であった。
誰がどう見ても一目瞭然なほど。
先程で装弾していた弾を撃ち尽くしたのか先程まで居た窓枠はただ開いているだけだった。
狙いをつけている指先まで震えている。
なぜなら
(次顔を出した時が勝負所や!)
魔法と言うのは魔力と言う魔道士が生まれつき持っている「マナ」というものを使って生成する為、基本どのような場所でも魔道士が創ると意識さえすればできる。
このような知識は魔に携わる者どころか魔法と魔術の区別がつかないような一般人でも知っている。
RPGゲームのようにMPを枯らせばただの人と変わらない、とそう犯人は思っているだろう。
(だが残念、ワイは魔道士や。魔術を使う接近戦に貧弱な魔法使いやない。そっちの実弾が尽きるのが先やで)
平静を保つ。
魔法と言うのは使用者のイメージが非常に重要で、イメージ次第で及ぼす結果が変わることもある。
だから慎重に慎重を重ねて銃弾を創っていく。
何があっても犯人を殺さないように。
無力化に努めるように。
「あんまし犯人を刺激しとうないし、睨み合いが続いているとこにはよ警察や魔道士が来てくれれば、やな」
やれやれ、とため息をひとつついた。
するときらりとオレンジ色の閃光が瞳の奥に写る。
「なんや?えらい眩しいな」
間髪入れず間に壁にものすごい衝撃が走る。
「もしかして…
深く、深く思考に沈んで行く度に、何度も「魔法は存在する」という
そいつが言うには「魔法なんて摩訶不思議な物はあったか?人は超常現象を扱えるのか?それが当たり前だと思っているなら常識を疑え」、と。
「確かに…考えてみると少し、いやすごくおかしいな」
そもそも魔法なんて幼稚な妄想、どこから出てきたのだろう。
組長もいい歳こいてまだ病に掛かっているのか、と遊は嘆息する。
「きっとあの人はいい人だから励ましてくれたんだろうな。俺の見た目小さいし」
牧野組長は遊の今のレベルに合わせて遠回しに励ましてくれたんだろうと考える。
実際のところ遊は長いことそういったファンタジーな作品には触れてないはずだが。
確かに一時期は面白いぐらいに熱中し、妄想の中でよく戦っていたものだ。
確か、触れていたのは小学低学年で…。
「ん?今俺は中学生…いや違う、高校生…ん?お?あれ?」
そこで遊は記憶の矛盾に気づく。
自分は中学生という認識だったのに、十五、六年分の記憶が途切れ途切れではあるが確かに彼の脳内メモリに存在している。
辛いことも、、嬉しかったことも驚いたことも全部自分の思い出だと確信を持って言える。
しかし体は小さく細い。
彼の高校生の時の身長の四分の三もないだろう。
それが自分の意思のままに動く。
という事は
「今、俺は夢をみてんのか…明晰夢って奴。過去夢…ってことは無いな魔法とか荒唐無稽すぎるし…はぁ…通りでぶっ飛んだ設定だと思ったよ…キャストも千佳って…まぁいいや。このまま目が覚めてってのも興醒めだし、さっさと助けに行こう」
どうせ夢だし、と苦笑して魔法でも使ってみるか?と苦笑する遊。
「でも夢とはいえ…大事な友達を、千佳のことを攫ったってのは許さねぇ。容赦は出来ないし、しようとも思わない」
それにしてもどこからどこまでが現実でどこからが夢なのだろうか?
最近は夢と現実の境界が曖昧になりすぎて遊は困惑することが増えた。
曖昧模糊とした世界は陰鬱な気分の憂さ晴らしにはもってこいかもしれない。
そういった意味では彼はこの世界に夢中で、とても感謝している。
たまには自分が自分の中での主人公でもいいだろう。
自己中心的な圧倒的で独善的で偽善的で倒錯的で感動的で運命的で叙情的で半永久的な世界一熱狂的な救出劇。
そして甘美な夢から醒めたら――またくだらないやり取りをみんなとするのだ。
そして易々と人生の障壁を乗り越えていく三人を見て、爪を噛むのだ。
何万回の後悔と期待を踏みしめて。
奥歯を噛み締めて。
決して遊では並び立つことの出来ない領域の
彼は自分は置いていかれる運命にあるのだと悟った。
世界なんて、努力が全てだなんて言うのが口癖のくせに、いつだって才能重視で、いつだって才能を開花させたやつが台頭して、その一縷の希望の努力すらもまた、才能で。
その才能に嫉妬する醜い自分が尚のこと憎くて。
案の定人生路頭に迷って。
それでも誰も遊の手を取って引いてくれるものなどいなかった。
遊を導くはずだった存在は存在していない。
遊は他の誰でもない遊自身の期待に貫かれて傷ついて、それでも期待を超えることは出来なかった。
だからこそ彼は彼ら彼女らの背を追い続けている。
いつか、いつになるかは分からないが友人がたどり着いた領域までに行くまで。
独りでも必ず辿り着くために。
たったひとつの自分だけの答えを探して。
無味乾燥な大地を踏みしめて砂漠に埋もれた砂金の一粒をあてもなく探し続ける。
だからそんな苦痛に魘されるまでは、せめて。
理想的な夢でいいから見させてくれ、と。
そう願った結果がコレなのだろう。
「まだ俺は俺の夢の中。どんな事も夢の主導権を握ってる俺なら、どうにかできる。魔法使いが相手だろうがなんだろうが俺なら倒せる」
言い聞かせるように、暗闇に堕ちていく。
濁った瞳で目のハイライトを消しながら、呟くように…。
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