第29話 出動!任侠ヤクザ牧野組探偵団
公園から出て三百メートル程歩いた遊は牧野組長の豪邸(牧野組長の組は義賊寄りのヤクザのような慈善団体のような何かでここら一体の地域を支配する首領)で最低限の治療を受けてから牧野組長が直々に運転する高級SUVの助手席に乗って事のあらましを滔々と語った。
それに牧野組長は一言。
「よう頑張ったな坊主。偉いぞ」
と言って褒めてくれた。
遊は褒められて素直に嬉しいのと、叱りつつも勇敢だと言ってくれた事に感謝を感じる。
それも普段から見知った相手ではなくつい先程までは赤の他人だった存在に、だ。
普段なら危なそうと一方的に決めつけて挨拶すらしなかったかもしれない。
出会えたことは素直に喜ばしい。
経緯を除けば最高だろう。
これは不良マンガとかにあるあれだろうか。
親分最高!みたいな心理的効果だろうか。
それともいつも悪いことばかりしている人間が少しでもいいことをすると、周囲の目が変わるという例の現象だろうか。
それとも見た目と中身のギャップが嵌り過ぎているのだろうか。
「親分、ありがとう。俺絶対に見つけ出すから」
「呵ッ呵ッ呵!なんや新入りは意気込みええなぁ」
「俺も中学生でヤクザ入りか…」
「任侠、入れ忘れとるがな」
「任侠?…」
「石川五右衛門って知っとるか?」
「あー義賊みたいなもんかなるほど」
「せや。義理と人情を重んじる悪を裁く悪。どうや?かっこええやろ?」
「うーん…悪?悪のように見えるヒーローだと思う」
「呵呵呵!そうかそうか、ヒーローか。これは日曜朝の放送枠はもろうたなぁ」
「(強面で無理だと思うけど)」
「なんか言いよったか?」
「ナンデモナイデス親分。親分さんマジカッケー」
「褒めてる言葉が片言やぞ」
タメ口のような口をきけるほど慣れてきた遊でもさすがに強面のドアップはキツイらしい。
咄嗟にカタコトで返す。
「でもヒーローと言うよりも今は探偵かも。シャーロック・ホームズとか」
「…時にどっちがホームズなんや?」
瞬間車内が静まり返った。
後部座席にいるコロ助も静かに運転席を見ている。
そして2人は同時に
「「
息ぴったりすぎて阿吽の呼吸も裸足で逃げ出すレベル。
そんなふたりはバチバチと火花を(本人たちは)散らしている(つもり)で自分の推理を披露する。
「いいかいワトソン君、犯人は鉄パイプを持っていた…ということはつまり最低でも工事現場近くに住んでいるはずだ」
そう言ってシャーロック・ホームズになりきる遊に組長…いやもう1人のシャーロック・ホームズが反論する。
「いやそれはちゃう。鉄パイプなんて買おうと思えば買える…犯人は自宅やのうて人目に付かない所におるんや」
「人目につかない…確か工場とかってここら辺に…」
「あったなぁ…確か赤坂工場。今は取り壊しの業者呼んでるはずやから立ち入り禁止で人払いにも、監禁にも、立て篭りにも都合ええな」
そう言って牧野組長は難しそうに唸る。
どうやらこれからどうするかの算段を立てているらしい。
「組長、警察にはこの事知らせるよな?」
「当たり前や。ただ工場に立て籠っとった場合人質…千佳嬢ちゃんがかなり危険な目に会うかもしれへん。そこんとこは警察に何とかしてもらうしかないんやが…」
「人質にされたら最悪特殊部隊とかが突入するんじゃ?」
特殊部隊に任せれば大丈夫だと宣う遊に苦々しい表情で牧野組長は言う。
ハーバード流交渉術が通じると良いが、と一言呟いた後に
「一般的な家とかデパートやったらそれでええんやろが、廃工場とはいえ取り壊される前そのままの工場なら危険物がないとも限らんからなぁ…下手に有毒ガスで人質諸共自殺とかされないとは言いきれんな」
「…そうならないように最初に交渉するんだろ?」
「犯人が自棄にならず、金銭目的なら応じるしかないやろうなぁ…包囲を解けとかも言うかもしれへんが。ただ遊の話聞いた限りじゃ目的が不鮮明なんよな。明らかにラリっておるし何かブツをやってるで」
「ぶ、ブツ?それって違法薬物とか?」
「まぁ白昼堂々と大っぴらには出来ん代物よ。入手経路は不明やけど、ある程度は絞れるんよ。例えばそういうあこぎな商いしてぼろ儲けしている闇商人とかな。その闇商人が暴力団で売上を活動資金にしてるって組も少なからずあるはずや。この国は犯罪は少ないって言われとるけど実際はそうやない…犯罪が表に出てきてないだけなんや」
そう言って牧野組長は遠くを見据える。
そして数秒もすると茶化すように「まぁ中学生にして任侠ヤクザになったからにはしっかり取り締まってくれよ」と片手でばしばし叩いてきた。
遊は悩ましげな表情を崩さない。
「…千佳」
「…将来がある若モンに話す話や無かったな。でもそれも受け止めなきゃ行けないかもしれん」
「無事でいてくれ…」
「……殺しが目的でないことを祈るんや。金銭なら最悪取られてもええ。でも人の命は亡くしたら取り返せへん」
「もし、殺しが目的だったら…?」
「攫ったあと、直ぐにでも殺るかもしれん…魔法使いである可能性が低いし、そんなすぐに出来へんとは思うけども」
「えッ?」
その言葉に一瞬違和感を覚える。
しかしその違和感も尻尾を捕まえる前に霧散し、何が引っ掛かったのかすらも分からない。
「どうした?」
「うん…いやなんでもない。なんで、魔法使いじゃないって断言が?」
「さっきの話で、ハンカチで気絶させた、とか直接蹴ったとか言ってたな…もし犯人が魔法使えるんやったら姿消すなり、なんだりしてもうちょい穏便に事を済ませるはずや。そういった魔法を使えないって可能性も無きにしも非ずやが、そんなんやったら鉄パイプ持ってた意味が薄いしな」
「…組長は使えるの?」
「ワイは使えるには使えるんやが、無闇矢鱈に使うと『魔法使い条例』とか『特異異能者規則』とかに引っ掛かるし、凶器の取り上げぐらいにしか使えんな」
「そっか」
「遊もここらに住んでるってことは魔法適性が無い、もしくは低いんやろ?」
「うん。からっきしと言っていいレベル」
「と言うと千佳嬢ちゃんも一般人に近いんやな。じゃあ突き止めてあとは犯人を刺激しないように隠れて警察に任すか」
「…」
「呉々も危ないことはせえへんようにな?」
まるで未来予知でも使ったかのように遊に忠告する牧野組長。
それに答えるのは静寂だった。
工場の近くの元工場所有の駐車場に黒いSUVが停車する。
アスファルトで舗装されてはおらず、タイヤと大小の石ころが擦れて若干うるさい。
常々思うのはよくこんな悪路で車のタイヤがパンクしないものだということ。
(どうでもいいことばっかり考えてんなぁ…少しは落ち着いてきたのか)
そう思う反面、遊の心にはまだ燻る火種がある。
温い空気の束で締められているような、真綿で吊るされているかのように、僅かな焦燥感が遊を焼く。
徐々に徐々に首を締められて行く。
心臓は割れ鐘のように鳴り続けている。
背水の陣による緊張感。
犯人を着実に追い詰めているという達成感。
復讐という名の昏い悦び。
荒事に対するほんの僅かな――高揚感。
混じりあって、どれが今一番抱くに相応しい感情かわからず、感情の波に溺れて、息ができない。
泳ぐ必要も無いのに、もがいて、溺れて、蒼色を飲み込んでいる。
そんな自分を切り離して、対岸の火事だと切り捨てている自分がいる。
冷徹でなければ、獣にならなければ、潜まなければ獲物は狩れない。
全ては千佳を取り戻すそれに集約される。
だからこそ殴られた仕返しだとかそんな自分の邪な感情に任せていいわけが無い。
「本っ当に無茶はしたらあかんで?」
「うん」
思い詰めた遊の雰囲気に思うことがあったのか予め咎める牧野組長。
それに空返事で答える遊。
明らかに無茶をしないのだろうか、と組長は気を揉むばかりだ。
もしまだ幼い遊に神様なんてやつが惨い現実というものを見せようとしているのならば
(それを止めることが出来るのはワイ、か。中々ヒーローって言うものは世知辛いなぁ)
はぁ、とため息をつきたいものだが遊が見ている手前おいそれと不安を煽ることはしない方が賢明だろう。
最初に牧野組長がドアを開け、外に出る。
太陽が牧野組長のスキンヘッドに反射して乱反射する。
ついでにサングラスもピカ〜ん!とでも鳴っていそうな輝き方をする。
背伸びでもしたら心地いいだろう。
バン、と車を挟んで隣から車のドアを閉める音がした。
ポケットから車の鍵を取り出してボタンをポチ。
「さて、こうして来た訳やが…犯人の車がないっちゅうことは何処かで乗り捨てたか…もしくはここに来ていないかやな」
「とりあえず、探す。そして痕跡を見つけたら警察に連絡して、逃げないか見張る」
「……。危ないことせえへんならそれでええな」
「しない」
「頼むで。じゃあまずは隠密行動のプロフェッショナルなワイが工場周辺をちょっくら見てくる…遊はここに残っとってな」
「分かった」
そう言って牧野組長はコソコソと胡散臭い動きで工場に向かっていった。
笑わせに来たのか素なのかイマイチ分からないがその動きではとても隠密行動のプロとは言えないと思う遊だった。
しかし毒気を抜かれたので充分効果はあっただろう。
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