第22話 恐れを飼い慣らす

席に着いた四人は同時に手を合わせ、「いただきます」と唱和した。


「ウマっ!すぎだろ!?」

「うめぇ…昇天する…こいつは癖になるぜぇ…!」

「美味しい、…ていうかあんたたちもう少し静かに食べなさいよ」

「いつも変わらない美味しさですね、譲ってくれた神代君には感謝しないと、ですね」


ひと口食べた途端に、口々から賞賛のことばが吐き出される。

その様まさにマシンガンの如し。

圧巻の弾幕量であった。

それ程までに美味しい料理だった。

天にも昇る味に等しいだろう。

なおそのやり取りで少数だが物欲しそうな視線を頂戴した。

購買に来た生徒の視線だろうか。

しかし四人は気づかないようでやり取りに夢中だ。


「そうだ、そうだ、かんしゃしろー。感謝の証として金一封な」

「いや持ってねぇよ」

「越後屋、お主はアホよのぉ…」

「俺は越後屋じゃねぇし…てか元樹マジなため息を付くなよ悲しくなるだろ」


あまりの美味しさに頬が落ちて呂律が回っていない元樹はいつも通りふざけて場の雰囲気を和ませている。

先程よりは弛緩する空気。

それでも、この空気に何か違和感がある。

少し湿気でまとわりつくような重苦しく厭な空気が。

いつもとは違う何かが。


「元樹、あんたに感謝…する必要あるわね、ありがと」


いつもは棘があるというか、勢いがあるというかハキハキと喋る千佳の言葉は今日はどこか元気がない。

針の返しも無いようだ。

素直すぎて逆に不気味だ。


「どういたしまして。ま、俺は遊に言われなきゃこんなことしてなかった訳だし、そこは評価してやろう」

「なんで俺だけこんな扱い雑なんだ?」


牛タンカレーの美味さからか、明るい切り口の会話に思わず軽口を叩いてしまう。

しかし遊は教室での暗い雰囲気を思い出し、すぐシリアスな表情に戻して尋ねる。

もちろん話しやすいようにと口調は優しく。


「で、どうしたんだ?…話しづらいなら少しずつでいいから話してみてくれ」

「…ええ、と言ってもこの話は悲しいけど、悲しいけれど私から遊に話さなくちゃいけない事だから」


そう話す千佳の顔は絶望に仄暗く彩られ、哀しみに乾いていた。

少し青冷めた唇を震わせながらゆっくりと事の顛末を紡いでいく。


「遊、覚えてる?牧野さんのところの『コロ助』。そのコロ助の事なんだけど、去年の夏頃から体調が優れてなくて……それで心配していたんだけど…牧野さんが『心配することは無い。病気では無いから』って言ってて…確かに今年の春頃まではよく散歩していたのを見かけたんだけど、それから全然姿を見かけなくなって……なってッ!」


うっ、と物凄く青冷めた顔で語る千佳に遊はもういい、と言ってやりたかった。

こんなに辛そうな彼女を見ていられない。

しかし語って貰わねば事態が正確に把握出来ないし、彼女自身最後まで話すという気概を見せていたので、残酷な事だが話せなくなるまで静観する事にした。

どうやらその考えは残る二人も同じようで、それぞれ顔にでかでかと『マジで辛いなら話を辞めて!』とマジックで書いてあり、表情も残酷な仕打ちに対する申し訳なさと少々の罪悪感がある。

しかしながら最後まで聞くのも義務と言わんばかりに瞳だけは彼女だけに向けられている。

そこには非日常と言う顔がありありと覗いていた。


「最初は時間帯が合わないだけ、そう思っていたの…でもだんだんおかしいなって思い始めて、それでも大丈夫って言い聞かせてきた…けど、だけどッ!…昨日、牧野さんにあったら…『コロ助はな、遠い遠い所に旅立ったんや』って。…受け入れられなかった…信じられなかった『!』」


涙を浮かべながら、独白する彼女に遊は心を打たれた。

こんな一面もあるんだなと思う反面どうにかして笑わせてあげたい、いつもの表情に戻って欲しいと願う。

所詮、なんの力も効果もない愚かな独りの願望だと知りながら。


「それで、コロ助のお墓の場所を聞いてきたから、遊と一緒にお墓参りしようと思って…そうすればやっと気持ちの整理も出来ると思うの」


こんなに悲しんでいるのに墓参りなど行ってしまったらどうなるのだろうと空恐ろしくなった遊は恐る恐る尋ねる。


「…今日行くのか?」

「できれば早いうちに行ってあげたいの…二人で」

「…そうか、犬、好きだもんな」

「…えぇ」


そう言えば千佳は可愛いものに目がない、と思い出す遊。

特に犬、その中でもゴールデンレトリバーとシベリアンハスキーには目がなかった。

大型犬が好きだったな、と。

残念な事に彼女の母親が犬アレルギーで家庭では犬を飼えなかったが。

猫でもいいよと譲歩したら母親に(動物の毛がダメなくせに)何故か飼って貰えたのが愛猫のギンである。


(てかなんで俺と?まぁ暇そうってのは分かるが…まぁ犬好きだし、牧野さんって人も多分あった事なはあるんだろうな…最近のことなのに覚えてないのはやばいな)


多少は嘘も方弁だろうと都合のいい言い訳をして、そんなことは脳から追い出す。

こういうことは考えるだけ無駄だ。


「その場所はどこなんだ?」

「夕日暮れ公園の近くの丘みたいな所の上にペット専用の墓地があるの」


夕日暮れ公園はこの住宅地区から駅で東環状線に乗って三駅目にある地区の端っこにある大きな公園だ。

元々あった山を切り崩し、様々な施設を大きな敷地に設置した事でできたと聞いている。

公園としての機能ももちろんあるが奥の方にお墓もあると言う。

墓場の近くで遊ばせるのもどうかと思うが公園は入口の近くに墓場は端の端、それも高いところに登らなければ墓は無いので気にはならない。


「…結構あっちの方なんだな…。ん?って思いきや余裕で電車間に合うな」


スマートフォンで電車の時間確認しながら予定を立てる。

一方で


「(いい雰囲気をぶち壊したくないんだが、なんで俺たちナチュラルに省かれてんだ?)」

「(一つ大きなことを背負い込んでしまうとそれにしか目が行かなくなってしまうのが千佳ちゃんなんです…省かれる側としては少し寂しいですけどね)」


目尻を下げてやんわりと微笑む叶依。

それに仕方ないかと肩を竦める元樹。


「(どっかで暇、潰すか)」

「(そうですねぇ…久しぶりに2人ですね~)」

「(それな!まぁ四人の時も楽しいがたまには二手に別れてみるのも乙なもんさ。特にあの二人は二人きりにしてみれば仲が進展、するかもな)」

「(遊くんがチキンでなければ、ですけどね)」


くつくつと元樹は邪悪な微笑みを浮かべる。

先程までの雰囲気を吹き飛ばすように。

小声で話しながら叫ぶという割と器用なことをして盛り上がっている二人組の姿があったとかなかったとか。






放課後。

図書館に行って勉強したり、カフェで一服入れたり、ゲーセンに入り浸ったり。高校生というのは義務教育という抑圧からの解放と自由の刑によって自由と責任が等しく与えられる。

その苦痛と刺激の毎日を人は『青春』と呼ぶ。

人にはそれぞれの青春がある訳だが。

普通の高校生ならば、放課後は遊び呆けるだろう。

勤勉な高校生ならば、塾やら勉強やらに励むだろう。

外聞を気にする高校生ならば、流行りのものをインターネットに上げるために街を練り歩いているだろう。

ゲームに熱きパトスを燃やす高校生ならば、ゲーセンに入り浸っていたり、家に帰宅してゲーム三昧をしているだろう。

そして全てに無頓着な高校生ならば、帰宅し、惰眠を貪るだろう。


(じゃあ一体どんな高校生ならば放課後に墓参りするんだ?)


決まっている。

大切な者が亡くなった高校生である。

場所は『鷹坂相次駅たかさかあいつえき』。

遠出かと思いきや夕日暮れに行けて、楓華弐凛高校から最も近いというか電車通学の生徒が絶対に利用する駅である。

流石に学生服のまま、墓参りするわけにも行かず、一旦家で着替えてきてから集まることにした。

遊は自転車通学できる程度には近いが、千佳は夕日暮れとは全く逆方向だった。

なので駅で待ち合わせをし、ことここに至るという訳だ。

遊は別段オシャレに気を使っている訳でもなく、無頓着という程でもないので自分の身だしなみが良く、TPOを弁えていればいいという発想の元派手ではない半袖Tシャツに薄い水色のカーディガンを羽織って下はジーンズになけなしのオシャレ力を絞ってベルトを締めた。

今は夏寄りの春頃の筈だが、不思議とこの格好でも暑くはない。最近こんな天気ばかりで季節も何もかも曖昧模糊になってしまいそうで気が狂いそうだった。

喪服とかを着て行こうか、とも思案したが場違いもとい奇異の目が痛そうなのでやめた。


「あ、遊。もう来てたのね」


そう言って小走りで駆けてきたのはピンク色のブラウスに下は白のフレアスカートで首に小さい十字架の首飾りを掛けている。

遊としてはオシャレなのかオシャレでは無いのか判断はつかないし、お墓参りに着ていく服装かどうかは判断がつかないが、ちゃんとした格好ではないのはこちらも同じなので素直に似合っていると思うことにした。

きっと駅内外の人々を魅了してきたのだろう。


「…千佳、か。意外と早かったな」

「待たせた?」

「いやもう少し時間がかかるもんだと思ってたから丁度くらいだな」

「そう…行きましょうか」

「そうだな」


こういう時気の利いた一言を咄嗟に言えないのが遊だ。

頭を沸騰するくらい回転させようとも何も言葉が出てこない。

ただ千佳が見蕩れるほどに美しいという事だけがそこにあった。

それ以上はない。

それ以下もない。

この世界にはそれだけしかない。


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