第2話 快晴レイニー

今日も空は晴れている。

快晴と言っても差し支えないほどの良い天気。

どこまでも続いていく碧と、その碧さの中で際立つ雲とがぼんやりと眺めることを誘惑しているような気がする。

一日の始まりは天気にあり、なんて名言もここから生まれたのだろう。

吸い込まれそうな程の快晴。

夏も足音が直ぐそこまで、心が出迎えに行こうと遊を急かす。

今日も快晴なのに心は晴れどころか不安の雲が渦を巻いている。

だからこそこうして何も考えずに空を眺めようと思考放棄に走るのだろう。

なんというかそこには言葉に出来ないような喜びが込められている気がする。

ずっと何もかもを忘れて魅入っていたい。

誰にも邪魔されない無駄に心地がいい無駄な時間は外界の雑音など聞こえないのだ。


「――遊?」


外界の雑音など聞こえないのだ!


「ちょっと遊!」


外界の話し声など聞こえ―。


「遊〜ゥ~!!」


外界の話――。


「いい加減にしなさい!でないとあんたの恥かし~いエピソード前話無料公開するわよ」

「すみませんでした」


ぼんやりと空を眺めていた遊は無視され続けて怒気を孕んできた声に秒速で謝った。

タイムアタックをしたら全国レベルの超速謝罪である。

遊が声のした方へ顔を向けると、茶髪でロングヘアの髪を結い上げた美人(年齢的には美少女?)が唇をとんがらせて彼をめつけている。

キッと此方を睨みつけてくる二重の瞳は普段に戻ったとしても少しキツそうだ。

しかし、彼女の醸し出す雰囲気も少し攻撃的な面があるため全くマイナスにならない。

それどころかむしろプラスである。

プロポーションは抜群であり、制服のリボンを押し上げている胸に目が行きそうに――。

そこは全力で踏みとどまる。

遊のポリシーとしてそういう目でを見たくない。

そんなことやっていたら多分親友失格だ。

故に視線を逸らし気味にして、意識の範囲外に追いやる。

学生にしてはありえない色香を纏っているような気がする。

その実、精神的にも肉体的にも何とも初心であるが。

なんというか学生のような気もするし、制服が似合いすぎてそういう目的でコスプレをしている成人女性のようでもある。

容姿は遊んでいる女子高生なのだが、雰囲気と言動からは随分と落ち着いている様子が伺える。

ギャップすらも手玉に取る美少女。

そんな娘がため息をつき気味に遊に話しかける。


「はぁ…一体ボーッと外なんて見てどうした訳?」


遊は今の自分の行いに目を背けながらづっけんどんな態度に怒らせてしまったか?と心配になりつつも、こいつはいつも通りかと思い直す。

遊だけに対してでは無く誰に対してもこんな感じだ。

人との距離感が測りずらいと彼女は言っていた。

だが、人というのは独りでは生きていけないもので。

孤高を気取ることは出来ても孤独を貫くことなど出来やしない。

だからこそ少女は

傍から見ると人との関係に物怖じしない人物に見えるかもしれないが内心は違う。

だからこそこの少女のコンプレックスは自分に似通っていると遊は思っている。

何故なら遊自身も友人が少ないから。

虐められている訳では無いが、特定の人と少数で一緒にいることが多い。

反りが合わないこともあるし、遊は自分の性格は人を選ぶらしいと幼くして悟った。

言うなれば他人との距離感が測りずらいというコンプレックスを持つ仲間なのだ。


「い、いや、なんでもない」

「ふーん…そう言えばあんたっていっつもボーッとしてたわね」


先程の仕返しなのか棘のある口調で話してくる女子生徒。

本気で怒ってはいないがその言葉は聞き捨てならない。


「いつもは言い過ぎだろ!てか普段から話してるだろ!?」


遊はムキになって言い返すが、彼女相手には揚げ足を取られかねない。


「ふぅん。じゃあ今話しかけたのだけれど無視してたって訳ね」

「い、いや、別に無視した訳ではないんだが…」

「ふぅん。じゃあどんな訳なのか詳しく説明して欲しいわね」

「…」


遊は何も言い返せなくなってまた視線を逸らした。

暫し固まる空気。

無意識に黒を基調とした制服の皺を伸ばす。

そろそろ衣替えだなぁ~、と場違いな感想で現実逃避しながら。

一方でまた無視を決め込んだと思ったのか子供のようにプクーと頬を膨らませて怒る美人。

その姿は先程のギャップと相まってより一層周囲の視線を集めていた。

男子諸君は妬ましいかと言われれば羨ましくはあるが、あの関係を続けていける気力はないというなんとも言えない反応で、女子は女子でヒソヒソコソコソと話をしている。

どこでも女子という生き物はゴシップやら恋バナやらのそういった話が大好きなのだろう。

そんなある意味二人の空間を作っている所に男女の二人組が近づいて来る。


「ハイハイ、また始まったよ遊と千佳の痴話喧嘩というか言い争いと言う建前を利用した朝のスキンシップ。おアツいねー毎朝毎朝飽きないのかね」


とニヤニヤとにやけながら、おちょくりを掛けてくるのはオールバックの髪を紺に染めたチャラそうな男。

身長はやや遊の方が大きい位で大差はない。

しかし身に纏う雰囲気というのが違う。

外見は一見ふざけている、というか余裕の校則違反なのだが、カリスマオーラ的な物を発しているのでみな『それでいい。いや、むしろそれがいい』状態なのだ。

彼もそれがアイデンティティであるのか頑なに辞めようとしない。


「そうですね。イチャイチャと見せつけてくれますね。独り身の男子が妬むでしょうに。妬ましい…妬ましい、なんて怨嗟の声が地獄の底から聞こえるようですねぇ…ふふ」


男に同調してクスクスと笑いながら話しかけて来たのは濃い黒の髪をポニーテールに纏め、赤縁のメガネをかけた如何にも委員長をやっていそうな長身の女子。

というか事実委員長だ。

しかもとびきり優秀な。

生活態度は…バレてはいないが余裕で隣の男子を凌駕する。

もちろんヤバいという意味で。

というか彼はその身だしなみ以外は超優等生だ。


「元樹、叶依…!」


先に話しかけてきたのは遊のクラスメイト、クラスの三大美人の一人、早乙女さおとめ千佳ちか

校内テストの順位は三十番台と高水準な癖に本人は全く勉強してないどころか授業すらまともに聞いていない。

遊が密かにその才能に嫉妬し、羨望を抱き、いつか見返して吠えづらかかせてやりたいランキングTOP10に最近食い込んできた女である。

同時にスタイルが良く、容姿も整っている彼女は校内彼女にしたいランキング入りもしている。

陰湿な嫌がらせすらさせる気を起こさせないほどの完璧に近い超人。


「何よ!毎朝もこんな奴と話してないわよ!」

「いや、…てかこんな奴って扱いはねぇだろ!確かにお前らから見たら大したことはねぇんだろうけど俺も必死に生きてんだ!」

「ククク、ハハハッ!飽きねぇな二人も…そんな事言って実は一番仲良しなくせに~。言われたからって照れんなって」


どうしてこんな美人が彼に話しかけてきたかと言うと実は込み入った事情など一切もなく、夜喍やぜ元樹もときというオールバックのオシャレな(遊はそう思っている)男子の友達だったからである。

そう遊は考えた。

それ以外はとても考えられない。

ならばそんな美人を侍らしている夜喍元樹とは一体何者なのか。

血筋は大手パソコンメーカーの社長の息子で、そんじょそこらの高校生の財布とは文字通り重みが違うほどの経済力を持っており、学生ながらも、親が親だけに社会での顔も広い。

当然、跡継ぎであるのだから頭も良くないといけない。

というか周りの期待応えねばならない。

ある意味人生を選択されている男でもあるのだが。

この学校に入ってから過去二回程テストが行われたがこの男ともう一人はどちらとも三位を平均点を十点ぐらい引き離して君臨しているのである

学年一位はだいたい『こいつかもう一人しか候補が挙がらない』と学年の先生がいう程にはずば抜けた頭の良さ――と言うより勉強の成績――である。

もちろん学校が始まって初日の授業で、もうその片鱗を見せつけて、さらに天性のカリスマ性――きっと親譲り――を加えてクラスの中心的な存在を掻っ攫っていった御方である。

そして最後はおおとり叶依かなえ。クラスの学級委員にして元樹とタメを張れる程の不動の人気を誇るこのクラスの影のドン。

勉強はせずにひたすらに趣味に没頭していても尚、元樹と同じような優秀な成績を修める天性の才能。

ハキハキとした雰囲気に控えめな主張とプロポーションこそ千佳にやや劣るものの、他の部分でリカバリーを効かせる女傑。

神が「人の才能の限界を知りたかった」と言って作ったと言われても納得できるレベルで格が違う。

彼女に価値を付けるのならば遊がいくらいようが代用は効かないだろう。

そんな到底彼とは釣り合わない三人が遊が良くつるむメンバーである。

特別な才能など自分にはないと思っている遊にとって自分がいることに場違い感が半端では無いはずだ。


「「だからそんなんじゃない!」」

「そういう所も息ぴったりじゃないか。あれだ、阿吽の呼吸」

「ふふふ…二人とも可愛くてからかいがいがありますね」

「おい…ッ!はぁ…全く…朝からこうもテンションが高いと疲れるわ」


朝からイヤにテンションの高い友人たちに困らせられて手を額の辺りにやる。

ついでに目頭をゴシゴシと揉む。

それでも嬉しい遊自身がいるのも事実なので辛くはないが。

これは胸のモヤモヤとは別のことでも悩まされそうだ。

ただ一つだけ違うのは悩めば悩むだけ嬉しくなることだろうか。


「あぁ!もう朝のショートホームルーム始まっちゃうじゃない!」

「あらまぁ、じゃあ大人しく席に着きますか」

「それがいいですね…あ、遊くん昨日言っていたプリントの事なら放課後、カフェで喋りながらやりましょ?」

「放課後、か…了解。正直俺一人じゃわかんなくて詰まってたんだ。せんきゅ」

「いえいえ…席着きましょうか」

「むぅー」


四人はそれぞれ急いで――千佳は若干ぷりぷりとして――席に着いた。

ふと遊は席について先生を待つ間に呟いた。


「結局、千佳は何を話に来たんだ…?」


嫌味なことを言いに来たわけでもあるまいし、と考える。

その事について授業が始まるまで考えてみたが、終ぞ分からなかった。




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