時計塔のリリス(8)

 その日、町には紫色の星が降った。“空の限界”も淡い菫色に染まり、朝焼けをまるで別の色に見せた。しばらくすれば日が昇り、沈んで、また昇る。それだけの……たったそれだけの、かけがえのない”日常”が、何よりも愛しい。

 紫の空が、一人の少女の影を石畳に浮かび上がらせる。

 映し出しされた少女のシルエットは、人とは少し違っていた。頭を飾る大きなリボン――かと思えば、少女の髪を飾るそれは、星に照らされまたたく”ぜんまい”だった。関節にはめこまれた球が、そこに宿る冷たい光が、彼女をまるで人ではない別の何かにさえ見せた。

 けれど……振り返った先、見知った男と少年の姿を捉えた少女の横顔に、幸せそうな笑顔が咲く。


「ととさま、トト!」


 ――ととさま。ずっと、わたしを傷つけないために嘘を吐いていた、不器用で優しいととさま。そんなととさまとわたしを救ってくれた、トト。だいすきな二人が生きる、朝と夜が巡るこの世界で、人間として、もう一度生きていくの。二人と一緒に、生きていくの。

 少女――リリスは一度だけ遠くの時計塔を見やると、大切な人を抱きしめるために駆けだした。町一番のからくり技師が最愛の娘のために造った、”最高傑作”の義足が石畳を蹴る。


 時計塔が再び動き出したその日。生まれ変わったからくり少女は、大切な手を取った。心からの幸せを、機巧の両腕で抱きしめて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る