30……マアト除けの護符(スカラベ)

*4*


「わたし、ある人を怨んでいたんです。ちょっといい気になって、諱を使ってスカラベに封じようとして、失敗しました……」


 ネフトの眉がぴくんと上がった。


「貴方は、諱を詠めるの? 神さまみたい。ふうん」

「でも、それはイザークの諱で、結局わたしはイザークに呪いをかけてしまった。わたしも呪い返しを受けた。わたしが誰かの不幸を願えば、わたし自身も不幸せになる。止められなかった……っ!」


 長いネフトの服は背中が開いているため、ティティはトーブを重ねていた。握りしめた両手に涙が落ちた。


「イザークは、一度も責めてこない。普通、責めるでしょ? わたしの右眼とイザークの左眼、真っ白になったんです。互いに向かい合うと、どうしようもなく辛い」

「貴方は責められたいの? 責められるために頑張るの? それって正しい?」


 ネフトは光一杯の空を見上げ、ティティの細い肩をしっかりと支えてくれた。


「頭にも、水草、ついてるわよ」全てを見透かしたように、ネフトは告げ、ティティを優しく抱き締めた。母のような柔らかさと優しさに目尻に涙が浮かぶ。


「頑張る方向を間違えれば、貴女自身が傷付く結果にもなりかねない。古代からね、女の子は好きな相手に必死で頑張っちゃうけど……責められないんだわ。貴女を」


「あ」ティティは声音を洩らした。ネフトは感嘆を込めた息を吐いて見せた。


「素敵だわ。イザークは、貴女を好きだから、責めないの。むしろ、そう考えて落ち込む貴女を見て辛いのではないの?」


「有り得ない。だって出逢ってまだ」


「時間なんか永遠だろうと、短かろうと、愛情の深さには無縁なもの」


 ネフトは岩に長い脚を組んで座ると、クスクス笑いを、ゆっくりと洩らした。


「あの時も、貴女が怯えたから、憤怒したように見えたわ。ヴァベラの血かしら。知ってる? ヴァベラの大罪の裡の一つが〝憤怒〟。イザークにぴったりよね」


 ティティはようやく笑いを取り戻した。ネフトは「もう大丈夫ね」と立ち上がった。


(わたし、いっぱいいっぱいで、可笑しくなるほど、必死で格好が悪い。でも、そんな自分がちょびっとだけ好きになれそう。ネフトさまの微笑みに導かれて……)


 ティティは涙を拭って、左瞳を煌めかせた。右眼を覆ったお陰で、白靄は見えない。


「マアト除けの護符

スカラベ

、一つくらいなら、創ってもいいかな?」


 ティティは泣き笑いでネフトを見やる。ネフトは眼を細めた。

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