27……チロチロと蛇のようなキスをして

***


 砂が砂礫に代わり、土壌が見えて来た。黒土が流れて堆積物になって積もっている。ふと、ティティはイザークが背中を向けたまま、会話を仕掛けない事実に気付いた。


「ねえ、どうしてこっちを見ないの?」

「……の護符

スカラベ

……――」イザークが何かをぼやいた。


「聞こえない」イザークはまたぼそぼそと告げ、カッとなった様子で言い返した。


「俺にはマアトの護符

スカラベ

、くれないんだな! どうなってもいいのか!」


 しーんとなった空気にイザークの情けない咳払いが響く。イザークの耳は真っ赤だった。誤魔化すように両腕を振って、ふて腐れて歩き始めた。


「……え? 妬いてるの? そんなに怒らないで。だって、あんたはマアトの裁き、信じていないし、強いし、要らないんじゃない? 裁きも手でぶっ飛ばしそう」


「信じていなかったら、どんなに困難でも、笑顔が見たいから護る、なんて思うか!」


 イザークは勢いで言って、「い、行くぞっ」とそそくさと背中を向けた。


(今の、何? かこつけた? 笑顔? なんで、こんなに余裕のない態度なの)


 イザークがくるりとティティのほうを向いた。(な、何?)と眼を動かすティティの前にずんと立った。布をギリギリに巻いた指がティティの細い顎をくいと抓む。


 すいっと唇が触れた。少し開いた口がティティの上唇をカプ、と甘噛みして離れた。にっといつもの笑顔をイザークは浮かべ、上唇を舐めた。


「う....,んっ.....ふ.....」


蛇がチロチロするように上唇をイザークの舌が滑り降りる。キスに慣れてしまう。

夫婦ならキスに慣れて良いのだろうけど恐い。


(手伝おうか)


声がして、ティティの腕はしっかりとイザークに回された。後ろ頭を絡めるようにして強く抱きつくと、唇はより深く埋もれて行く。


ずくっとした感触が下腹に響いた。続く熱量に犯されてしまいそうで涙が浮かんでこぼれ落ちた。


「おい ティ」


心配そうなイザークにくちびるをさすりさすり答える。


「気持ち良かった.....から」


ガリガリとイザークは頭をかき、「これで充分。生憎宝飾の類いは好きじゃねぇから」と背中を向ける。


(どうしよう、ちょっとどきっとした。変な気分、入っちゃう)


 マアトの呪いが発動でもしたか。唇、熱い。モジモジと唇を撫で擦るティティに、イザークの声。


「それよりティティ、路銀全部ぶちまけて来た。従って、金がねえから、今夜は野宿。かつ、マアトの裁きの夜。――まあ、なんとかなるだろ」


 のじゅく? ティティはじ、と地面を見下ろす。途端に沸々と怒りがわき上がった。


 野宿はティティの一番嫌うところだ。汚れる。信じられない。


「なるか――っ! 取り返して来て! もう、マアトに裁かれてしまえばいい!」 

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