21……水の逃げ道。だが、ティティの逃げ道はない

言われてみれば、不快な月の音が、地下まで響いている。まるで女性の断末魔の声。


「――ティティ。俺を、呪いたかったのか。本気で抱き締めたからな」


 首を振った。「貴方は、保留」イザークは会話を切った。



 俯いた顔が時折地下湖の鏡面に映る。逆さまになったティティは小さく見えた。

 イザークは返答に困り、「俺、寝るわ」とあくびをした。


「緊張感のない! ねえ、起きてよ。神の裁きが来るのよ」

「なーんてね。ちょっと気になることがある、待ってろ」


 からかっていたらしい。むっとするティティの前で肩を竦めたかと思うと、がばりと起き上がった。今度はバサリと服を脱ぎ捨てた。


 砂混じりの上着がティティに飛んできた。


(え?)と思う前でバシャンと水飛沫。しなやかに、イザークは湖に飛び込んでいた。


「ちょっと! 水浴びなんかしてる場合じゃない……っ。結局一人ぼっち!」


 ぶくぶくぶくと泡が弾ける音も消えた。呼びかけてみるが、深く潜った様子だ。


(もう! 勝手なんだから!)ティティは上着を地面に叩きつけ、また埃を払って丁寧に抱えた。ドロ水に飛び込んで、毒素の中、後悔すればいい。もう知らない。


 放置を決め込んでは、ソワソワと湖を覗き込む。


(イザーク……浮かび上がって来ないな……)


 水面にイザークの頭は一向に浮かんで来なかった。心配で小さく呼んでも、「それが何か」とばかりに水面は揺れない。溶けて微生物にでも成り下がったのか。


「いいわ! 勝手になさいな! もう!」


 怒鳴ったところで、ざぱ、とイザークが上半身を水面から突き出させた。


「イザーク! 心配したのよ! 冷たいでしょ、あっためるから、こっち」


 イザークはキロ、と眼を動かし、逞しい腕を伸ばし、懸垂の要領で這い上がった。


「ティ、ここが地下湖だと思っていたか?」

「ええ。地下井戸でしょ? 井戸とは汲み溜める性質のものだもの」


「じゃあ、あれはどう説明するんだ?」イザークは絶えず落ちる流水を指した。


 流水は壁から染み出て、階段になった石壁を伝って、床に落ちる。結構な水の量だ。


「井戸なら、いずれ水が溢れてくる。それが、どんどん流れて、循環しているんだ」


 言う通り、水は綺麗に流されて、井戸、もしくは地底湖に溜まるが、溢れていない。


「出られるってこと? 水の逃げ道があるの?」


 イザークが確信した素振りで頷いた。


「だとしたら、底しかない。思った通りだった。光が漏れてずっと続いている。相当の距離だが、抜けられないわけでもない。洩れた光は近そうだから」

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