20……月が目覚める音
***
――キスの先。ティティインカはむずむずする口元を何度も撫でては、潤んだ目を向ける。イザークがやたらに雄に見えるのは、この場所のせいだろう。
降りてきた場所は封鎖され、光すら入ってこない。なのに、湖は発光している。ティティも気付いた。地下井戸にしては、確かに明るい。
(湖なんか見てる場合じゃない。……夫婦の証ってなんだろう)
「ねえ、口付け以外に何かあるの? ラムセスの口約束を護る必要はないわ。ああもう、良く見えない」
「あなたの目も、霞んでいるから。これなら、見える?」
イザークはティティインカの両手を掴み、ぐいと顔を近づけた。勢いで3度目。1度目は綿菓子のようで、2度目は逃げ場がなかった。3度目のキスは。逃がしながら追い詰めるような獰猛さに満ちていた。
(なにこれ……舌先から変になる……)
イザークのキスは執拗にティティインカを追い詰めた。まるでこの世界から飛び出すかのような、熱いキスだ。引力がある。引いてはすくい上げられ、押し込まれ、思うがままに舌先をいじられて、ティティインカはとうとう甘い声を鼻に抜いた。涙が零れ落ちた。
「ふぅ……ん、……ふ……」
ぱち、とイザークが何度も瞬きを繰り返し、動作を止めて見せた。と思うと、ティティインカの細い肩を両手でしっかりと掴み、首筋に顔を埋めてくる。
「な、なに」「貴女の喘ぎが、思いの外可愛くて」イザークは告げると、ティティインカのほおに吸い付いた。
「ちょっと。聞いてる?」
「可愛い。ラムセスなんかの妹にゃ勿体ない。もっと喘がせたくなった」
「喘ぐ……っ? やぁよ。なんか、変な気分になるんだもの」
「最初はそんなもんだろう。――お誂え向きに、地下神殿。なんでこんな場所に追いやられたかは謎だが、逢瀬にはもってこいだ」
ばっとイザークは上着を脱ぎ捨てた。途端似鍛え抜かれた上半身が視界に飛び込んできて、ティティは両手で顔を覆った。
――チラ。興味で見ると、小麦色の肌はしっかりとした肉付きで、オベリスクを運べそうなほどの精悍さに満ちている。鎖骨の窪みにずきゅんと胸を震わせて、ティティはそっと指先を伸ばした。冷たい。不思議な気持ちも吹っ飛んで、ティティはイザークを撫でるに夢中になる。頭がボウっとして来た理由もわからずに。
「男性の肌って、冷たくて気持ちいいのね」
手をするすると下に堕ろしていくと、一際熱い箇所があるに気付いた。コリコリしていて、面白い形をしている。
「ティティ、なで回すのを辞めてくれないか」
「気になったのよ。これが男性か、って。私とは違うわ。私の仕組みは――」
先ほどのゾクゾクさせられたキスの感触が甦ってきた。自分が操られる感じがする。これ以上は踏み込まないほうがいい。
ぷいと背中を向けた。イザークはクククと笑って渦巻き状の天井を見上げた。
「ティティ、呪いなんてものは、身に背負って初めて罪を感じるものだな。それより、やけに明るいと思わないか」
降りてきた場所は封鎖され、光すら入ってこない。なのに、湖は発光している。ティティも気付いた。地下井戸にしては、確かに明るい。
「水面が光っているの。片眼がおかしいせい? 色調がよく分からなくて」
「いや、光ってる。光が漏れてるんだよ」
イザークはティティの頬を両手で包み込んだ。
「ぽっかり、白いな。多分、神の呪いだ」
イザークは「これ以上はやめようぜ」と壁に座り込み、足を伸ばした。ティティも隣に座り込んだが、服の裾が長すぎる。手でかき寄せて、膝を立てて腕で抱えた。
「月が目覚める、あの音が聞こえる」
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