第3章 地下に眠る井戸の真実

19……夫たる身分

*1*


 ピチョーン……天井に籠もった雫が落ちる音が響いた。湿気と穢れのない地下水が段々になった岩壁に滴り落ちては、美しいエメラルド色の地下湖に流れてゆく。


 ティティは砕けたスカラベを見詰め、再び罪悪感に涙を滲ませたところだった。


「食えるもんは、ねぇようだ」と付近を捜索していたイザークが戻って来た。


「ないでしょうね……もう、食べ物なんか探しても無駄よ。事実上の死刑だもの」


 ティティは冷たく言った後、しょんぼりと俯いた。


「わたしにも揺り返しが来たみたい。右眼が見えないの。諱を弄ったからかな」


 イザークはじろとティティを見、唇を歪めた。珍しい表情だが、怒りを抑えているは分かる。ティティはもっと項垂れて無言になった。


「すり寄って、口づけくらいしたらどうなんだ。謝って済む話か」


 ――怒っている。当然だとティティは唇を咬んだ。優しさに甘えていた。何をされても文句は言えない。


(口づけ。やった覚え、ない……こんな風に初めてを迎える事態が償い。口づけだけで、許されるはずがない。次に何を言われるのか、こわい、でも、逆らう権利はない)


 服をぎゅっと抓んだ。地下湖の水面にはティティの姿が蒼く浮き上がっている。水面に重なったティティとイザークが揺れる様が見えた。(ごめんなさい)を込めた涙の口づけをイザークは靜かに受けた後、真っ黒の髪をわさわさとかき上げた。


「ほんの意地悪だ。――気にするなよ」

「気にします! ほ、他に何が望み? 言えばいいのよ。わたしが悪いのだもの」

「俺はおまえの夫たる身分だ。罪は一緒に背負うから」


じわりと眼が熱くなった。ごそごそと眼を擦るティティにイザークは肩を竦めると、いつかのように、肩を力強く引き寄せた。


「夫婦の証しておくか? 死を待つ気はない。こんなところで終わるか」


二度目のキスは容赦がない。


「キスの先を教えてやるから、そう泣くな」声はケモノの気配を纏っていた。

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