18……ひとりにしないで
ふいに右目のイザークが霞んだ。「あ……」ティティは同じく左眼が薄くなったイザークを見詰めた。瞳には、右目の色のないティティが映っていた。
「ティティ、捕まってろ。大丈夫だ。視界がぐらつくくらいで落としはしねぇ」
「何故、わたしに優しくするの? 王の暇つぶしで降嫁したわたしを妻(予定)と呼び、どうして大切に出来るの? わたしは大切にしてあげていないのに」
「俺のことは俺が責任持って面倒見る。余力があれば頼むよ。捕まれ」
ティティはがっしりした首に両腕をしっかりと回し、涙が零れないよう念じたつもりだった。なのに、涙は造反して、たくさん零れ落ちた。
「わたしは、貴方をまだ知らない。なのに、胸が痛いの。呪いをかけるつもりはなかった。呪いを受けるつもりも、なかった……っ! 憎んだことが間違いだった? では、家族を奪われたわたしの感情はどこへ向かうのが正しいの?」
イザークはティティを抱き上げ、神殿を歩き始めた。螺旋に渦巻く冷えた石階段を、ゆっくりと降り始めたところで足を止めた。
「憎しみであれ、喜びであれ、感情は俺のものでも、世界のものでもない。貴女の感情は貴女だけのものだ。貴女が決めればいい」
――わたしが、決める……どこに向かうのか、決める。
難しい問題だ。もの凄く考えなきゃいけない。ティティはイザークを見詰めた。
「……ひとりにしないで」
「了解。貴女、案外、甘えん坊だよな」
「甘えてなんかない。あまりに世界が寂しすぎるの! 貴女はわたしを甘やかしすぎ」
イザークは嬉しそうに眼を細めた。ぱっとティティは視線を外した。突然微笑まれて、頬が熱い。
(何なの……どうして、こう、いきなり微笑むのよ、この人……)
何重にも地下へ深く彫られた井戸へイザークは一歩一歩進んで行った。
地下は冥府のアヌビス神の領域か。炎は細く立ちのぼり、死の世界への口をぽっかりと開けたように、地下へ、地下へと続いている。
(〝イホメト〟の文字は二度と口にはしないからね……ごめんなさい)
ティティは涙の中、一人空しさと悲しさを噛み締めた。暖かい手と夫婦になるとの言葉をぐるぐるさせながら.... イザークはティティインカを見やり、微かに笑った------気がした。
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