16……鉾に彫られた名前

***


 硝煙の中、ジャラリと金鎖が擦れた音がした。ぎくりと振り返ると、ラムセス王がロブハーの獣に座り、足を組み直していた。頭巾と、顔を覆っていた面は綺麗に消えた。ガラス玉のようでいて、水のような薄い水色の瞳にティティは砕け散ったスカラベを手に、怯えながら問うた。


「どうして、粛正の光の中にいないの……? 諱、間違っていなかったはず!」


 ラムセスは無表情を崩さず、ティティの会話を受けた。


「俺の諱とは限らない。多少は影響を受けたが、ティティインカ、足元の民くらい見えるだろう。それとも、呪術を振りかざしたアケトアテン王女は、そこらの商人など見ないと?」


 怖々視線を落とした足元にぎくりとした。頭を抱え、蹲ったイザークの姿。


「イホメトとは、イザークの諱」

「なん……ですって……。では、わたしは……」


 ラムセス王はティティの細い顎を掴み、ぐいと持ち上げ、至近距離で決定的な一言を含んで嘲笑った。


「俺は歴代の王が何故呪死を迎えるかを調査した。諱を詠まれる影響だ。従って俺の諱はどこにも残してはいない。代わりにイザークの名を残した。

それが《死者の聖典》を開示する条件。つまりは身代わりだ。――残念だったな」


「だからって……儀礼鉾に嘘を彫り込むなんてそんな大それた話……」


「強い者は罪を犯しても生き残るべきだとの天の理だ。俺には裁きはない。世界を手にすべき男には、神すらも畏怖する何かがあるものさ」


 呆然とするティティの前で、ラムセスは腕を振った。


「アケト・アテン王への呪術による暗殺疑惑だ。地下井戸へ放り込め」


 ティティは沸騰しそうな眼を見開いた。イザークがティティを腕に引き摺り込んだ。


「止めないで!」


 羽交い締めにしたイザークのパサついた髪が小刻みに揺れた。


(わたしの呪術は完全だった。諱さえ、諱さえ合っていれば……! わたしはイザークに呪いをかけてしまったの……だめ、心を強く……だめ、無理……)


「卑怯者! 卑怯過ぎる! あんたなんか、兄じゃない! 悪魔よ!」


 ティティは遠くなるラムセスの背中に向けて叫んだが、大量の神官の壁の向こうで、ラムセスが立ち去る気配と、甘えた猛獣の唸りがしただけだった。

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