#1 世間知らずの王女様
8……スカラベの悪戯
「今日こそで・き・る・か・な~?」
ティティがイザークと過ごし始めて、一週間。不貞不貞しくもイザークは婚約用の腕環を買いに出かけた。さあ、スカラベ準備の宝玉呪術の絶好の機会到来である。
(わたしはラムセスへの仕返しを諦めたわけじゃない。父母を探すはその後よ)
机上の石版柄のツボに手を伸ばした。宝玉がぎっしり詰まっている。
(ふうん、品は悪くないわねぇ。いい仕事しているようね。失敬)
ティティは覗き込むと適度な大きさの原石を五つほど、選んだ。
「やすり、ナイフ、それから、布……肝心の甲虫探しに行かないと」
ティティは外へ出ると空を見上げた。かなり明るい。一週間のマアトの裁きの後の空気は晴れやかだ。ティティの心とはちょっぴり裏腹。
神の裁きが横行している世界の人々は今朝も怯えながら、一日を始める。
ティティは空全体が光る不思議な天空を睨み、甲虫を備に探した。
「いた、いた。いらっしゃい。ほら、ほらほら」
二匹を捕獲し、念を込める。左手に原石。右手に甲虫を持って、指を組み合わせる。
「呪力、大いなる三柱神がひとり、ネフティスに捧ぐ――……」
願うような心地で、ティティは冥府の女神ネフティスへの呪文を口にした。ぐ、と組み合わせた両手をふくよかな胸に押しつける。この瞬間はいつも熱い。精神力も奪われる。虫と心を通じ合わせ、神への交渉を始めるのだから、当然といえば当然か。
(く……ぅ……まだまだ……! 我慢、我慢よ、ティティインカ……!)
――そういえば、あの夜、ネフティスへの呪文を口にしたけれど、何もなかった。お忙しいのかしら。
思いながら、ティティインカはぎゅう。と念を込め続けた。神からの力を少しだけ戴いて、護りにする。チリ、と音がして、怖々手を開くと、真っ青な原石に溶けて封じられた甲虫が靜かに転がっていた。術を掛けると甲虫は玉虫色に光る。美しい色合いだ。
(本当は魔除けか御護なんだけど……術をかけるは一緒。ま、何とかなるでしょ)
「会心の出来! これで、準備は整ったわ!」
後はイザークの帰りを待つだけ。ティティは荒ら屋を振り返った。神殿のごみ置き場にもなさそうな粗末なコップ。食事はもっと貧相だった。寝場所は固いし、お風呂も何もかもが貧相の一言で済む。
(イザークは買い付けた商品を売るため、神殿に向かう。一緒に行って、ラムセスに目にモノ見せてくれるわ。わたしは王女。商人の妻になんてだーれがなるものですか!)
一仕事を終えたティティは荒ら屋をそっと出た。
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