9……見えるオベリスクの神殿

(不思議なものね。神殿を外から眺めるなんて……オベリスク、まだ建ってる……)


 光溢れる空に、突き抜けるようなオベリスクは、側面に王の名や神への讃辞が聖刻文字で刻まれた慰霊碑だ。先端部はピラミッド状の四角錐

ピラミディオン

になっており、金や銅の薄板で装飾され、光を反射して輝く。通常は王

ファラオ

を追われた一族のオベリスクは片っ端から一番に叩き壊される運命にあるはずだが、父のオベリスクは変わらずにあった。


(遺しておくということは、ラムセスのお馬鹿は何を考えてんのかしら。わたしも殺さずに降嫁させてるし。変人は理解できない。父と母をどこへやったのよ!)


 ――生きていると信じよう。きっと父と母は生きている。身重のお腹を抱え、生き延びている。イザークは逃がしたとはっきり言ったわ。でも。


「仇はわたしが取る。何としてもラムセス王の諱を暴いてね!」


 オベリスクが歪んだ。ティティは指で目頭を押さえた。


(父上、母上……逢いたい……どこへ行ったの……寂しさの悪魔がやって来るのよ)


「寂しいなら、俺らが慰めてやろーか? お嬢さん?」

 ティティはいつしか、数人の男達に囲まれていた。(不愉快)とくるりと背中を向けた。ふわんと膨れた髪が軽く跳ねた。男たちがヒュウと口笛を吹いた。


「あっち、行って。相手にするお暇はないの」

「へへ、そんなツレない言葉吐くなよぉ~?」


 ティティはスカラベを握った。どうやら脅してやらねばならないらしい。


(ええと、光の呪術はアヌビス神への呪文だったわね……)


 しっかりとスカラベに念を込めたところで、真横にあった樽が突如吹っ飛んだ。驚くティティを過ぎて、樽は男たちに飛び込んだ。


(なに? 何が起こったの? もう、次々なんなの!)


 爆音にあっという間に涙は引っ込んだ。粉塵をゴホゴホと手で払った長身がぬっと立った。着やせするが大柄だ。聡明そうでいて野性的な瞳は常にギラギラと滾るように赤く輝いている。爪先がザザッと動いた。


イザークだと気付いて、ティティはほっとしたも束の間、猛獣の唸りに飛び跳ねた。


「俺の妻(予定)を泣かすヤツはどいつだ! 片っ端からぶっ壊してやるから、並べ!」

「誰が妻(予定)よ! だ、大丈夫、いいからっ!」

「そういうワケに、行くかァ……っ! ティティ、下がってろ……」


 両腕を強く引いてイザークが怒鳴る。男たちの一人がさっそく、尻餅した。


「久しぶりに愛妻(予定)に会えると思いきや、てめぇらァッ……」


 尻餅の頭を掴み、地面に伏せさせて、泡を吹かせると、イザークは次の獲物を睨んだ。しかし、獲物たちは蜘蛛の子を散らす如く逃げ去った。怒号が追いかけて伸びた。


「待ちやがれェ! 俺の愛妻(予定)を下卑た眼でニヤニヤ見やがって!」


 手がつけられない猛獣イザークの腕を強くつねって、ティティは頬を膨らませた。


「あたしが勝手に泣いたのよ! ありがと。……苦いお茶くらい、淹れてあげる」


 ティティの厭味混じりの御礼に、イザークはにっと笑った。


(帰って来た、良かった。もう一人じゃない)


 心の緩みに気付くなり、ティティはそっぽ向いた。

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