5……二人っきりの暮らし
上坂を登り切った。ティティは神殿を振り返った。
(こうして見ると、アケトアテン王国はやっぱり美しい。王女としてつつがなく過ごしたはずだった。幸せを貰った。でも、幸せは逃げて行ったの)
靜かに居城だった神殿を見ているティティに商品を手にしたイザークが告げた。
「神殿に戻りたいか。そうだよな」
「見ていただけ。外から見た経験なんてなかったのよ」
その後の道は、なだらかだったので、ティティは車の端っこに座らせて貰った。
イザークは思う存分ティティを一人にしてくれたので、思う存分景色を見て、涙を流した。
やがて拓けた視界に、巨大な河。水の清らかな匂いがする。
宮殿暮らしのティティの眼に映る自然の威力。イザークが教えてくれた。
「大いなる命の河。ハピの河川だ。ラムセスがおまえと俺に住まいを用意した」
***
――ここで暮らすの。
風景に愕然とした。家は粗末の一言に尽きた。歩くとすぐに外に出た。イザークが手車から降ろした商品を部屋に運び込み、山にしたお陰で、更に小屋は狭くなった。
「狭いんですけど!」
膨れた前で、イザークはずいとティティに顔を近づけて見せた。
「いいだろ? 距離が近いぜ」言うと、コポコポと水差しから水を注ぎ、差し出した。
「ご苦労さん。今日は商売終わりだ。大きな取引前にラムセスに呼ばれたんでね。聞きたい話がありそうだから、貴方のご機嫌伺いが優先とみた。ふくれっ面」
むに、と頬を抓まれて、ティティはばし、と手を振り払った。だが、話の機会はありがたい。甘えさせていただきましょ、と向き直る。
「――わたしと、ラムセスが兄妹って話。本当? 父と母を逃がしたって……あなたはラムセスと知り合い? あと、目がどうしていつも充血していて狼のようなの?」
「待て待て待て待て。質問が多い上に、早い。俺には呪文扱えるような機転はねえぞ」
「どうして、邪魔をしたのよ……」
イザークは困惑笑いを漏らし、「言った通りだ」と繰り返した。
「あんたの両親に頼まれた。ラムセスは間違いなく兄で、俺とは遠き国のテネヴェで知り合った親友だ。俺の眼? 寝てなくて、大抵充血してる。以上だな」
「じゃあ寝たら?」ティティは告げて(わたしの寝床)と眼で追ったが、どう見てもベッドは一つしかない。背中に冷や汗が垂れた。まさかと思いながら、質問を重ねた。
「もう一つ、いい? わたしの、寝る場所……ここ?」
イザークが水を噴き出した。肯定だった。ややして――
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